第8話
「Kaaaaaaaーー‼︎」と先頭の異形が嘶き、ゴブリン達は一斉にライルへ駆ける。
対するライルは構えて動かず、ゴブリン9体は瞬く間に少年を取り囲んだ。
ここから先に展開される非常識な光景の目撃者は、同僚の制止を振りきって少年を救いに来た女騎士、フレン・ジラソレ卿のみである。
「なんなの……あの子……」
閉じた外門を登り、屋上の通路から見下ろすと、彼女は思わずそう呟いた。
ゴブリン。小さく、群れて、ずる賢い。何より、最大の脅威は集団戦闘の巧みさにある。
単体なら騎士見習いでも撃退可能な魔物だが、いざ群れると、その脅威判定は覆る。
見習いの二つ上の階級である区画級でさえ、群相手では死地へと追いやられる事もある。
ましてライルは訓練を積んでいない上、魔力も無い13歳の子供。この状況を見れば誰しも惨劇を予想する。当然フレンもそう考え、彼を助けに外門を登ったのだ。
彼女が少年を見下ろした時、既に背後の一体が飛びかかっていた。歪な石斧が少年の背へ降りかかったその瞬間、ゴブリンの斬死体が陣形の中央にボトリと落ちた。
それは間違いなく、今まさに襲い掛かった筈の個体。
このわずかな瞬きの合間に、ライルはすれ違い様に斬って落としたのだ。
鮮やかすぎる早技に、ゴブリン達の思考は止まった。だが、ライルは止まらない。
立ち位置が変わると、少年は右側の一体に斬りかかる。その機敏さに仲間のゴブリンが援護する暇もない。さらに少年は反時計回りに動きつつ、魔物達の陣形を斬り崩す。この間、他の個体も加勢しようとしたが、仲間が障害物となって襲えない。回り込んだ時にはもう迂回され、他の個体が斬られている。そうして最後の一体に順番が回る頃。
「kaaaak……‼︎」痛烈な一閃によって、最後のゴブリンの首が宙を舞う。
時間にして僅か8秒も満たず、9体のゴブリンは全滅した。
だが間もなく、少年をすっぽりと覆う程の巨大な影が現れた。
彼が見上げたその先にサイクロプスの単眼が3つ。三者三様に腕を振りかざしている。
地鳴りと共に門が揺れた。フレンは、しまったとばかりに手摺りから躍り出る。
着地した先には3体のサイクロプスが待ち構えているが、躊躇っている時間はない。粉塵舞う怪物の足元に女騎士の声が響く。
「無事かい君! 生きていたら声を出して!」
少年の声はない。騎士に応じる者は、3体のサイクロプスだけ。
「Graaaaaaaーー‼︎」と、怒号を撒き散らし、3体は前傾姿勢に踏ん張った。どう見ても分かる突進の構えに、フレンは思わず歯噛みする。彼女の階級は区画級。サイクロプス3体は手に余る。無謀な事などするべきではない。
だがもし止めなければ? 外門は破壊され、手薄な内門も危険に晒される。
だが彼女は見ている。中庭に眠っていた黒髪の少年を。怒り狂い、剣を握った白銀髪の少年を。内門の中で、不安そうに肩を寄せ合う住民達を。
命を張るには十分であった。
「私が止めなきゃ……!」
彼女は魔力の全てを強化法術に集中。死の予感を振り払い、剣を捨てて重心深く構えた。
その時だった。3体の右端で構える怪物が戸惑ったような奇声を上げたのは。
粉塵の中に目を凝らすと、白銀髪の少年が怪物の脚に組み付いている。
「き、君‼︎」「せぇぇぇぇぇぇぇぇぇい‼︎」
絶叫にも似た気発と同時。右端のサイクロプスは体勢を崩し、隣の個体の肩を掴む。どういう訳か、中央の個体もそれを支えきれない。同じく姿勢を崩し、左端の個体へ手を伸ばす。それは、彼らにとっては未知の感覚。巨体を支える頼もしい下半身は脆く崩れ、腕が支えを求めて空を掴む。彼らに待っているのは、煤に塗れた石畳だけ。
ズオオオン……! と、3体のサイクロプスは将棋倒しに雪崩れ込んだ。
その隙を、ライルは逃さない。左手の指に咥え込んだ、ゴブリンの石斧2本。それを弱点である胸部へ叩き込んでいく。衝撃は内部へ伝わり、サイクロプス2体は塵へ変わる。
最後の1体には朱い飾り石の剣が突き刺さり、呆気なく灰となって消失した。
またしても展開された非常識な光景に、フレンは足の踏ん張りを解いた。
(え……何が起きたの? あの子供は今、何をしたの?)
追いつかない頭のまま、彼女は少年を凝視する。紛れもなく10歳程の少年。驚くべきは、魔力が微塵も見えない事。おかげで、落ち着き始めた頭はますます混乱した。
そうは言っても、いつまでもへたり込んではいられない。
彼女は大きな疑問を一先ず片隅に追いやり、白銀髪の少年へ駆け寄った。
「君、ちょっと!」
「……おお、お嬢ちゃん、こっちに来たのかい。危ないから下がってなさい」
「ハァ~~⁉︎ 下がるのは貴方よ‼︎ それに私の方が年上でしょうが‼︎」
フレンの怒鳴り声に目を丸くし、ライルは初めて彼女を直視した。最初は視線の高さが合わず、立派な胸当てと目があった。見上げてようやく、憂いを含む表情と対面した。
「……中庭で眠っている彼、貴方のお友達?」
「……家族だ。ワシなんかの為に命を懸けてくれた無二の親友だ」
すると彼女は詫びるように口を歪ませた。
「それなら、こんな所に出て来てはダメ。彼の分まで、貴方は生きなくちゃ」
「そんな道理は、分かっている……だけどな、そう簡単に呑み込める訳ないだろう!」
苛立つ声は、寂しく響く。そんな彼の肩を、フレンはむんずと掴んだ。
「それでも今は呑み込んで。苦しんでいるのは、貴方だけじゃないのよ?」
「うるさい! アルトはなぁ、死んでいいはずがないんだ! あの子には騎士になる夢があって、誰より努力していた‼︎ なのに……ワシなんかを待っていたばかりに……!」
後悔が、懺悔が、神木老人の全身をのたうち回っている。
どうしようもない現実を直視できず、かと言って目を逸らすことすら許されず、ただただ、喚き散らす。ところが、そうして喚く自分が余計に腹立たしくも思えた。
「……いっそ、ここで死んじまった方がマシだ!」そう叫ぶと、張り手が飛んできた。
頬の痛みはじんわりと広がり、押し黙ったライルは、フレンの涙を見た。
「……君が抱えている気持ちなんて、私には分かんないよ……! それでも貴方が死んだら悲しむ人がまだ居るでしょう⁉︎ その人の為に、そんな事は言っちゃダメよ‼︎」
シスターの微笑みが脳裏に浮かぶ。彼は押し黙って俯き、頬の痛みを噛み締めた。
(……ワシまで死んでしまったら……子供を失う痛みは、ワシが誰より知っているのに)
自暴自棄になりたい気持ちは今も心で暴れている。少年は拳を握りしめ、それを堪えた。
「……ごめんなさい、騎士様……」
「ううん。こっちこそ、叩いてごめんね。さ、戻りましょう」
座り込んだフレンは手を差し出した。それを掴もうと、ライルは手を伸ばす。
「――氷の魔力!」
「……っ、避けて!」
唐突にフレンは少年を突き飛ばした。背後へ転がった彼が目を開けると、そこには氷の絶壁。半透明の向こう側には、氷に囚われたフレンの左肩が見える。
「騎士様! 大丈夫かい⁉︎」「……つ、私は、平気よ……!」
決して平気なハズはない。凍てつき苦痛に歪む声を聞けばよく分かる。
「待っていてくれ! 今助ける!」
「だめ、逃げなさい」と諭す気丈な声。それを男の野太い声が嘲笑った。
「逃げようと結果は同じだ」
まさに凍りつくようなその冷ややかさに、ライルは顔を向けた。
氷の絶壁の先。外から門へ続く下り坂道に、その男は立っていた。髪の無い頭に生えた一本角。戦士らしい太い筋骨。寒気を覚える程の威圧感。誰に言われずとも理解した。
「魔人、か……!」
魔力の見えない彼でさえ分かる威圧感。およそサイクロプスなど比較にもならない。
魔人は白い息を吐きながら、憎しみ溢れる声を発する。
「逃げ隠れしようと人間は必ず見つけて殺す。だからな、少年。逃げていいぞ。俺にとっては順番が変わるだけだ。最初はそこの騎士。次に門の向こうに居る者達だ」
魔人が一足を踏み出すだけで、石畳に氷の膜が張る。ライルは思考を巡らせる。この異能、この現象、果たしてこれは法術なのか。その答えは、氷壁の向こうから聞こえてきた。
「君! あれは覚醒した魔人よ! 都市級じゃなければ相手にできないわ! 今すぐ西門を迂回して逃げなさい。出来れば東門に居る、都市級騎士のトラット卿を呼んできて!」
「そんなことしていたら、アンタが殺されちまうだろ!」
「分かってるわよ‼︎ 人が覚悟決めてるんだから、言う事聞いてよ!」
「はっ、そんな上擦った声で言われたって、何にも聞こえやしねえ……」
アルトの剣に手をかける。何を言われようとライルは引けない。
もし都市級騎士を呼べたとしても、彼女は助からない。そんな事は断じて容認できない。
「なあ、騎士さん。一時でいい。ワシを信じちゃくれんかね? 大丈夫、今度は死ぬ為じゃない。生きるために、そして生かすために闘うよ」
フレンは苦悩した。だが事ここに至り、もはやこの不思議な少年に賭けるしかない。
「……本当に危なくなったら逃げなさい……!」
「相分かった!」そう意気込み、少年は鞘から剣を構えた。
少年を見て魔人は想う。剣を構えた彼と同じ年頃の娘の姿を。
それだけで胸に憤怒が灯り、子供への慈悲の心を溶かしてくれる。
「そうか、なら殺してやるぞ、人間……」
同時に迫る濃密な殺意。その恐ろしい攻撃の気配に、ライルは咄嗟に身を躱した。
「――氷の魔力!」
魔人が唱えると、氷結の白波が地面を走り、ライルが退いた場所を氷壁に閉ざした。
もし避けなければ、全身氷漬けになっただろう。
(何度見ても信じられん……! 魔力とは、こんな事まで出来るのか⁉︎)
それでも未だ、ライルの勘は死の危険信号を鳴らし続けている。
「――氷の魔力‼︎」叫び、魔人は両腕を交差する。途端に二つの白波が、逃げ道を塞ぐように交わりながら迫る。まるで自然の脅威に指向性を授けたような攻撃だ。
剣しか持ち得ないライルには為す術などない。そう。この世界の常識ならば。
ライルは、迫る白波目掛けて一直線に駆けた。白波の目前、剣の鞘の先端を地面に突き、高跳びのように宙を舞う。鞘は氷に包まれるも、ライルは手を離し、せり上がる氷壁を見事に跳び越えた。そして受け身と同時に起き上がり、前傾のまま淀みなく加速する。
目指すは魔人。彼にはそれ以外の選択など、取りようがない。
対して魔人は冷静沈着。第2波、第3波に向けて魔力を練り上げる。
「――氷のまりょ、ッチ!」と、魔人は詠唱を中断した。氷の礫が飛来したのだ。
ライルは走りながらも周りに生えた氷柱を折り、魔人へと投擲していた。
(っく、こんな物、魔力を解除すればいい‼︎)
次々に迫る氷は消え、代わりに石の礫が顔に入った。少年は巧みに石も混ぜていたのだ。
「うぐっ!」
石が顎にヒットし多少フラつくも、魔人の意思は揺るがない。再びライルに狙いを定め、魔力を練り上げる。だがその時、魔人の視界にもう一つの飛来物が映った。
上空で回転する石斧。ゴブリンが作る武器であり、先の戦闘でも消失しなかったもの。それが、魔人の頭上から落下する。それだけではない。同時に前方から迫る、少年の剣。
(……礫は隙を生むための偽装……本命はこの連撃か‼︎)
「せいいいいいいいいいいい‼︎」
ライルがここぞとばかりに剣を振りかざした瞬間だった。魔人は、魔力を解放した。
ズオン‼︎ 氷壁が魔人の目の前に迫り出した。高い壁が斧を弾き、剣からも身を守る。
「ここまで近ければ無詠唱で十分だ!」と、勝ち誇ったように、魔人は叫んだ。
だがしかし、氷壁は前方をカバーするように出現しため、一時、少年の姿を見失った。
それが命取りだった事に、魔人は遅れて気がついた。
「…………これが真の狙いだったか」
目の前の氷壁に魔人の背後が反射する。そこには、剣を掲げて構えるライルの姿。
すぐには斬りかかれない。魔人もまた、背後に僅かばかりの冷気を展開している。少しでも魔力を込めれば、氷柱が伸びてライルを貫くだろう。
互いに銃口を突きつけたような形勢。だが不思議と、二人の意は通じた。
「……まだ、名前を聞いてなかったな」
微動だにしないまま、魔人は口を開いた。呼吸を合わせるように、少年は応じる。
「……ライルだ。そういうアンタは?」
「……人間に名乗るつもりはない。俺が名を聞いたのは、貴様がただの人間ではなく戦士だからだ。殺す戦士の名は胸に刻む。それが闘いにおける礼儀だ」
「そうかい……良い心がけだ。じゃがな。そいつは、ワシも同じさ」
「この私を殺せると? この距離に来たとはいえ、その剣は私の氷よりも速いのか?」
「試してみろ……きっと名乗らなかった事を後悔するぞ」
魔人は振り向かず、ライルも斬りかからない。双方に凍てつく緊張が漂う。唯一動くのは、剣から流れる血の一雫。重力に従いゆっくりと流れ落ち、決着に吸い寄せられた。
魔人の魔力が鋭敏に動く。無詠唱にして最速の氷結創生。一本の氷柱に全魔力を集中すると、銃弾のような速力が氷柱に宿り、ライルの心臓目掛けて空気を裂く。
もはや反射神経でどうこうできる次元ではない。回避は不可能、その筈であった。
氷柱が伸びる直前。魔人の魔力が働く前。魔人が攻撃の意を決定したその瞬間、ライルの回避は終わっていた。達人の領域。意は行動の0.3秒前に脳から伝達されている。
そのシグナルはあらゆる知性体に搭載された基本機能。神木老人の意識はそこを捉えたのだ。魔人が動こうとシグナルを発信したその時には、神木老人の体が動き始めていた。
故に、氷柱はライルの残像を射抜いた。躱すために半身になり、ライルは崩れず剣を振り下ろす。大上段より放つ、剛力に満ちたこの一閃は、彼が知る中で最も強烈な剣技。
――神木流剣術 大上段蜻蛉。少年は、全体重を剣に預けた。
ズサッ! と魔人の肩にある僧帽筋を斬り裂き、剣身が深く入り込む。このまま袈裟へ撫で斬るべく、ライルは振り向く勢いで腰を旋回する。だが、剣は動きを止めた。
咄嗟に見ると、斬り込んだ傷口が剣と共に氷結している。
「最初、人間ながら同情したぞ。そのあまりにも希薄な魔力にな……」
魔人には見えていた。命ある者なら本来あるはずの魔力。それが彼には微塵も感じない。
まるで死体のようなオーラに、さぞ生き辛いだろうと、内心で同情した。だが、少年は剣を握った。その時から魔人の中で、憎さよりも戦士として敬意が滲み出た。
「魔力も使わず、よくここまでの武技を……お前の生きた時間は尊敬に値する。この俺、魔人ヒューズが語り継ごう。だから安心して逝くといい」
氷結が剣を伝い始める。同時にライルの足元も凍りが登り、足の指一つ動かせない。
(アルト……ここは一先ず、ワシに任せておけ……)
手が凍りつく寸前、ライルは感謝を込めて剣を離した。そして凍てつく脚を踏み締める。
「気遣い痛み入る。だがワシを信じた者のためにも、そう簡単に根は上げん……!」
悠然と、ライルは左の拳を突き出し、ヒューズの腹部にふわりと当てた。
不意に出された拳。ヒューズが寒気を覚えたのは、事が起こる直前だった。
「…………きさまッ!」「遅い」
ライルの拳が震え、ヒューズの身の内側へ衝撃が駆け抜ける。まるで胃の腑全てがひっくり返るような、途方もない苦痛。これこそ、内側へ衝撃を浸透させる、武神の当身技。
名を、――神木流拳法 寸勁九雀。
その威力に悶絶し、魔人の重心が迫り上がる。少年はその隙を逃さない。魔人の角を掴むと、そのまま彼の頭を地面へと叩きつけた。
――神木流柔術 葉崩し表! 魔神はあまりに自然な流れで額を地面に打ち付けた。
「~~ッ‼︎ きさ……!」と呻きながらも、ヒューズは魔力を練り上げる。
だがどうあっても、攻め気を読める少年が先んじる。彼は握った角を離し、親指による喉仏への押圧へと切り替えた。右手も魔人の左手を掴み、抵抗を許さない。起きあがろうとする魔人の勢いと、首の急所への指圧。この二つが余りある体格差を打ち消した。
――神木流柔術 葉崩し裏! 少年の小柄な体格がヒューズの巨体を背から落下させた。
「氷のッ、魔力……」と、後頭部を打ち付けながらも、魔人は声を搾り上げた。
衝撃の中で練り直した魔力で少年の腕は氷結し、下半身の氷は膝下まで到達する。
(これで、終わりだッ!)
ヒューズが勝利を確信した瞬間だった。彼の視界は反転する。
――神木流柔術 天地返し!
仰向けに倒れていたはずのヒューズは浮き上がり、再び脳天から固い地面と激突した。
常人であれば即死級の技に、ヒューズの意識が僅かに彷徨う。今は彼の高潔な闘志のみが、魔力の現界を維持している。だからこそ、達人は止まらない。
――神木流柔術 滝壺!
間を置かず、ライルは左の中指を魔人の右耳へ深々と挿し込んだ。
そうして耳に挿さったままの左手を、少年は振りきり、切り立った自身の膝へ、ヒューズの頭蓋を打ちつける。
魔力と意識を繋いでいた細い糸を、ライルはこの一撃によって完全に断ち切った。
周囲の氷が消え去り、最初から何もなかったかのように、融解することなく霧散した。
ライルの足元も、フレンを捕らえていた氷壁も解放される。
おかげで、ヒューズは達人の魔手からも逃れ、後方へガムシャラに飛び退いた。
魔力は途切れど、闘志だけは消えはしない。彼はふらつく身体で両の拳を握って構える。
「まだだッ‼︎ 私は、まだッ!」
血涙に染まった瞳。そこにあったのは最早、復讐者の姿ではなかった。
純粋に、一人の戦士の気迫がそこにはあった。だからライルは再び剣を握り、ヒューズの心臓を貫いた。一筋の血が、魔人の口の端からゆっくりと溢れ落ちる。
「ここまで、か……」と、全てを悟った彼の口調はむしろ穏やかであった。
拳を交えれば分かる。元は優しい性格なのだと。ならば何故、とライルは思う。
「……ヒューズ。アンタら魔人とは何なんだ? どうして人間をそこまで恨む?」
彼の疑問に魔人は言葉を失った様子だ。だが逡巡の後、腑に落ちたように口を開く。
「……そうか。それが貴様ら人類の選んだ道か……あの男が怒るのも頷ける……」
魔人の言葉に、ライルは皆目見当がつかない。
少年がもう一度聞こうとすると、ヒューズの身体は光と共に薄らぎ始めた。
「おい待て、何の答えにもなってないぞ、ヒューズ!」
「答えなど自分で探せ。そして懺悔しろ。それが貴様らに出来る、一つ目の贖罪だ」
「贖罪……?」
「そうだ。その罪は”最後の魔人”が取り立てる。俺が魔人として言えるのはそこまで」
ヒューズは剣から手を解き、空に向かって独りごちる。
「ここからは戦士として言う……ライル、見事な、技だった。願わくば、その高潔な魂が汚れぬよう生きてくれ……」
安らかな表情だった。彼の体は光の粒子となって、世界に淡く溶けていった。
後に残ったのは、煤けた頭蓋骨のみ。瞳のない目を覗き込み、ライルはそっと呟いた。
「……アンタも見事だったさ、魔人ヒューズよ」
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