完結後・番外編 『 八雲夫婦のGW(ゴールデンウィーク) 』
これは美月が高校を卒業してからほんの少し経った日の話。
「――ん」
セットしたアラームの音が深い眠りの最中に聞こえてきて、晴はゆっくりと重たい瞼を起こした。
「おはようございます、晴さん」
「……はよ」
ぼんやりと視界の先でこちらに向かって柔和な微笑みを浮かべる女性の気配がして、晴は擦れた声で応答した。
「また人の寝顔見てたのか?」
「いいでしょう別に。これは妻の特権ですから」
「変な趣味」
「晴さんだって私の顔よく見つめてくるくせに」
ぷくぅ、と頬を膨らませて反論する女性――美月に、晴は「好きだから」と淡泊に答えた。
「私も晴さんの顔が好きだから見てるんですよ。特に、寝顔は無防備で可愛いですから」
美月曰く、起きている時の顔は〝凛々しく精悍〟で、寝ている時は〝少年のようにあどけない〟だとか。
「貴方の顔はいつ見ても飽きません」
「流石に過大評価が過ぎると思うが……まぁ、俺もお前の顔見るの好きだし反論できないな」
歳を重ねていくほどに少女から女性へと成長していく美月。出会った当初から大人びていた容姿だったが、最近は垢抜けてより魅力的な女性へと成長したと思う。
そんな愛しい妻の顔をじっと見つめて、そっと手を添えた。
「やっぱお前、美人だよなぁ」
「なんですか急に。褒めても朝食が豪華になるだけですよ」
「そこは普通何もない、って言う場面だろ」
「妻を褒めるのは夫の務め。夫は日々妻を褒めて、ご機嫌にさせなきゃならないんです」
「歳取っても中身は一切変わらないな」
年々魅力的になっていくのに性格は昔のままで、そんな美月に思わず苦笑い。
「貴方がいつも私を甘えさせるのが悪いんです」
「仕方がないだろ。お前の喜ぶ顔が俺にとっては一番の幸せなんだから」
「だからつい私を甘えさせてしまうと……ふふっ、昔の晴さんなら絶対言わないようなセリフですね」
「うっせ。今は、お前の笑った顔をずっと見てたいんだよ」
本当に以前の自分なら言わないようなセリフだなと思いながら、くすくすと笑う美月の頬を優しく抓る。
「晴さんはいったいどれだけ私のことが好きなんですか?」
「答えずとも知ってるだろ」
「ふふっ。えぇ、知ってますとも。毎日愛されていますから」
「実際愛してるからな」
「愛されてる自覚ありますよ」
結婚して二年ほど経つが、美月への愛は年々深まるばかりだ。それと同時に感謝も。
そういった感情は月日が流れる事に薄れていくと世間ではよく言うが、きっと晴は美月へのそんな想いを一生大切にしていくと思う。
「「――ん」」
その想いを形にするように、軽く唇を重ねた。
「朝からキスなんて珍しい。どうしたんですか」
「理由なんてない。そこに可愛い顔があって、いつでもキスしてオッケーの妻がいるからした」
「理由がないなら私だってしますからね」
そう言って、美月は躊躇いも恥じらいもなくキスをお返ししてきた。
「……本当にお前は愛いやつだな」
「ふふ。そうでしょう?」
「小悪魔め」
「小悪魔な妻は貴方ともう一度キスすることを所望です。どうしますか?」
挑発するように問いかけられても、晴の答えなんて最初から決まってる。
「「――んっ」」
朝から三回も妻とキスをしてしまった。
「……流石にそろそろ起きるか」
「あはは。そうですね。このままだと、また盛り上がって昨夜の続きをしてしまいそうです」
「同感だな」
実を言えば、布団に隠れている晴の息子は三度のキスで軽くスタンドアップしてしまっている。
幸い美月にはまだ気づかれていないので、しばらくすれば勝手に元通りになってくれるだろう。そうでないと美月にお願いすることになってしまう。
のそのそと二人揃って上半身だけ起こして、美月がぐっと背中を伸ばす。
「んんっ~っ! 今日もいい一日になりそうですね」
「そうだな。今日からゴールデンウィークだし、午後からどっか行くか」
「ちゃんと今日からゴールデンウィークだってことを覚えていて、デートしようと提案するなんて晴さんも変わりましたねぇ」
「俺を変えたのはどこの奥さんかな?」
「ふふっ。貴方の奥さんですよ」
お互い見つめ合って、そして微笑みを交換する。
今日からゴールデンウィーク。
今年も、妻と二人で長い連休を満喫する年がやってきた。
水族館に行こうか。
動物園に行こうか。
潮干狩りに行こうか。
家でまったりするのもありか。
「――でも、一日くらい執筆はさせてくれよ。そうじゃないと流石に締め切りに間に合わなくなるかもしれないからな」
「構いませんよ。でも、原稿を進めた後は、ちゃーんと私に構ってくださいね?」
「言われなくてもちゃんと分かってる。夜は期待しとけ」
「はい。期待してますね」
期待をはらんだ双眸に、晴はため息交じりに応じる。
そのため息は美月にではなく、自分に対してで。
――本当に自分は変わったなぁ。
そう自覚できるまでには、晴は変わった。
まさか自分がこんな風に誰かを一途に愛して、そのうえ甘やかす日が来るとは、美月と出会う前の晴は想像もしていなかっただろう。
晴をそんな風に愛妻家にさせたのは、隣で微笑む美月で。
「美月」
「? なんですか……」
「顔洗いに行く前にもう一回、キスさせて」
「――んっ⁉ ……もう、許可取る前にキスしてどうするんですか」
「愛してるってことを証明しようと思ってな」
「また調子のいいこと言って。許します」
「相変わらずちょろいなお前は」
そういうこところが一緒にいて飽きなくて、言葉にはできないくらい愛しい。
やれやれと肩を落とす美月。そんな妻を、晴は愛し気に見つめるのだった。
【あとがき】
GWネタをGWが終わった後に思いつく摩訶不思議な俺。
そして互いに親愛度Maxになった二人は照れることなくこんな日々を送ってます。幸せそうで何より。
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