最終話 『 夫婦これからも。末永く愛し支え合って 』
そして月日は流れて――、
「卒業証書、瀬戸美月殿。貴方は本校において全課程を修了したことを証します。……卒業おめでとう!」
「ありがとうございます」
美月たちは遂に高校卒業を迎えた。
「――お待たせしました」
「ん」
桜の蕾が芽吹く路地で、晴は制服姿の美月を待っていた。
風で揺れる黒髪を掻き分けながら晴の下へ近づいていく美月。徐に差し伸べられた手をいつものように握れば、二人はそのまま歩き出していく。
「華さんは?」
「お母さんは寄り道してから帰るって」
「気遣わせちゃったかな」
「あはは。行ってきなさい、って背中押されちゃいました」
苦笑する美月を横目にしながら、晴は後で華に感謝しないとなと胸中で呟いた。
「で、結局私の卒業式は見なかったんですか?」
「あぁ。妻の卒業式観るってなんだか複雑だったし、後で華さんに録画してもらったやつ観るよ」
「どうせなら生で見ればよかったのに」
「卒業式を旦那に観られる気分やいかに」
「おぉ、なんだか凄く複雑です」
だろ、と指摘すれば、美月は渋い顔をして頷く。
「それでどうだ。無事に高校卒業できた気分は?」
「充実感でいっぱいですよ」
「そりゃよかったな」
「晴さんはどうだったんですか?」
「俺は別にどうもしなかったよ。友達少なかったし、卒業する頃にはもう一人暮らし始めてて、家に帰ってすぐ原稿書いてた」
「昔も今も変わりませんね」
「ばか野郎。めっちゃ変わってるからな。今日まだ執筆してないんだぞ」
「それを褒めようとは思いませんね」
嘆息する美月に、晴は不服気に口を尖らせる。
それからコホンッと咳払いして、
「俺の話はもういいだろ。今日はお前の大切な日だ。お前の話をしよう」
「私から話すことは特に何もないですよ?」
「嘘つけ。泣いた跡があるぞ」
「み、見ないでくださいっ」
デリカシー! とのぞき込む顔を手で押し返す美月。
「仲良かった友達と会えなくなるんですから、泣くのは当然でしょう」
「べつに今生の別れって訳でもないだろ。今時電話でもメールでも、なんならビデオ通話で顔見れる時代だ」
「それでも寂しいものは寂しいんです。友達少ない晴さんには分からないでしょうけど」
そんなことねぇし、と露骨にたじろぎながら、
「それで、その友達はどんな進路を選んだの? 冬真くんと四季ちゃんは知ってるけど」
「その件で冬真くんと千鶴、晴さんに感謝してましたよ。自分たちに道を教えてくれてありがとうって」
「感謝されることはなにも。俺ただ、若者がやりたいことに軽く背中を押しただけだから」
「それが人にとってはどれ程大きいことか知ってくださいね」
「分かったよ。素直に受け取っておく」
「よろしい」
冬真は高校卒業後。恋人であるミケのアシスタントを続けながらイラスト関係の専門学校に進学を決めたそう。
冬真は曰く、よりミケ先生を支えるべくイラストの専門的な技術を学びたいらしい。それで自身がイラストレーターになる訳ではないが、専門資格を習得しとけば将来的にも役に立つからということでその道を選んだ。実に彼らしい選択だなと思いながら、晴もその背中を後押しした。
そして次に千鶴の方だが、彼女は文系の大学へ進学を果たした。理由は将来、ライトノベルの編集者になりたいからだそう。
今はどこの企業も万年人手不足の時代だ。こうした情熱を持ってくれる若者は非常に有難く、晴もそれを美月伝いに聞いて、一度千鶴と晴の担当編集者である四条文佳と面会させたのだ。それをきっかけに千鶴はより編集者として将来働きたいという目標を持つこととなり、大学進学後、彼女は大学に通いながらMIX文庫でアルバイトすることが決まった。
そして卒業した学生たちとは関係ないのだが、晴の友人である慎と詩織も去年の秋頃に遂に同棲を始め、順風満帆な関係を築いている。これからは慎たちの家でパーティーを開く機会が多くなりそうだ。
「可憐と影岸くんは二人で同じ大学に進むそうですよ。ふふ。影岸くん、無事に大学に合格したので、可憐のお父さんに正式に婚約者として認められたそうです」
「ほぉ、つまりは将来、大企業の社長確定か」
「苦労するだろうなぁ、影岸くん」
「ま、それが好きな人の為ならいいんじゃないか」
「ですかね。可憐もなんだかんだ影岸くんのこと大事にしてますから」
「愛の力ってものはすげぇな」
愛というものは時として平凡な人生を変えるんだな、と感嘆しながら、
「それで美月は?」
「何を今更。私の進路なんて知ってるでしょ」
まだ一人、進路のことを聞いていないので問いかければ、美月はジト目を送ってくる。
「知っているが、聞いてないな」
「とんだ屁理屈ですね」
やれやれと肩を落とす美月は、歩く足を止めると――
「――私の進路は〝晴さんを支えていく〟ですよ」
それが、美月の進路だった。
美月が高校卒業後の進路として選んだのは、就職でも進学でもなく――晴の隣にいて支えることだった。
「約束しましたから、貴方を支えるって」
「律儀に守らんでもいいのに」
「ほほぉ、つまり晴さんは私に支えて欲しくないと?」
「ずっと俺を支えて欲しい」
素直に吐露すれば、美月はくすくすと笑いながら「よろしい」と言った。
それからまた、手を繋ぎ直して歩き始めていく。
「私、後悔してませんからね」
「――――」
「進学してやりたいことは特に思いつきませんでしたし、就職して貴方の仕事に支障が出のも嫌でしたから。まぁ、chiffonでは働き続けますけど」
「……マスター、喜んでたからな」
「はい。頼れる人材が減らなくてよかったと喜んでくれました」
支えようなんていくらでもある中で、美月が選んだのは、少しでも長く晴の傍にいることだった。
それを彼女自身が悩んで決めたのだから、もう晴から何も言う事はあるまい。
あるのはただ、美月に対する感謝だけだ。
「さて、晴さん」
「なんだ?」
ぱっ、と手を離した美月がまた数歩ほど先を歩けば、スカートをひらりと舞い上がらせながら振り向いた。
「晴さんは家族と、無事に復縁できましたね」
「あぁ。お前のおかげでな」
八年間。疎遠だった家族と、今は少しずつ壊れた関係が修復しつつあった。
両親からの謝罪を受け入れた後、晴は家族に美月を紹介した。最初こそ戸惑ったものの最終的には美月を自分の妻だと認めてくれて、今では母と姉は美月と買い物をするほどの仲となり、晴も今度父と兄とスポーツ観戦する予定が出来た。
「新作も順調ですし」
「評判良くてまた重版かかったぞ」
【微熱に浮かされるキミと】は多くのファンに見守られながら完結を迎え、そして新作である【破滅に誘う
「あら、ということは今夜はご馳走用意しないとですね」
「何言ってんだ、高校卒業した奴にそんな労働強いる訳ないだろ。それに、今夜はchiffonでお前たちの卒業パーティするんだろ」
「そうでした」
呆れながら言えば、美月はわざとらしくちろりと舌を出した。
今日の夜は、美月、冬真、千鶴、可憐、修也の月波高校を卒業した学生と晴たち大人組で貸し切ったchiffonで卒業パーティーの予定だ。
小説の方のご褒美はまた今度、と言おうとしたが、指をもじもじさせている美月を見て
どうやらまだ話はまだ続いているらしいと眉根を寄せた。
「やること全部とは言いませんけど、半分は片付いたと思いませんか」
「――――」
恥ずかし気に、ちらちらと羨望を宿した視線を送ってくる美月に、晴は目を瞬かせる。
一瞬何を言おうとしているのか理解できなかったが、しかし数秒経ってようやく妻が何を訴えているのか分かって。
そういえば、去年のこの時期にそんな約束をしたなと思い出す。
「あぁ、そろそろ、結婚式のこと、本格的に準備始めてもいいかもな」
「――っ!」
言葉にした瞬間。紫紺の瞳は大きく、一際に大きく揺れた。
それは、二人にできた夢。
それがもうすぐ、叶おうとしていた。
やることはきっと多いけれど、
「俺たちなら大丈夫だろ」
胸には、根拠のない自信だけがあった。
それを言いながら妻へ歩みより、その手を握る。
重なった手は、何人にも解けないほど固く結ばれて――
「俺には美月がいて。美月には俺がいる。お互い、支え合って今日までやってこれたんだ。俺と美月ならなんだってできる」
「そうですね。私たちなら、なんだってできます」
どんな困難も。
どんな逆境も。
――美月となら。
――晴さんとなら。
支え合って乗り越えて行ける。
桜の蕾が芽吹く、温かな春の陽気。
「うし、それじゃあまずは家に帰ってくつろぐとするか」
「ふふ。家に帰って執筆するかと言わなくなったのは成長を感じますねぇ」
「何言ってんだ。少しくつろいだら、夜のパーティーまで書くつもりだぞ」
「はぁ、本当に貴方って言う人は呆れるほど執筆ばかですね。今日は妻の卒業記念日なんですから、小説よりも私を優先すべきですよ」
「学校がもうないからと言って昨日寝るまでくっついてたのはどこの誰だ」
「私ですけど何か?」
「うわ開き直りやがった。せめて昨日書けなかったとこまでは書かせてくれ」
「仕方がありませんね。三十分だけですよ」
「鬼嫁かっ。三十分だったら二ページくらいしか書けないだろうが」
「ふふ。これからは晴さんと一緒にいられる時間が増えますから、いくらでも執筆の邪魔できますねぇ」
「度が過ぎたら執筆部屋に引きこもるからな」
「じょ、冗談ですよ~」
「……はぁ。明日から苦労しそうだな」
「こんな美人で若い妻に支えてもらえるんですから、むしろ幸せ者だと喜ぶべきでは?」
「その妻が最近支えることよりも甘えてくる方に偏ってるから苦労すると言ってるんだ」
「ま、まぁそこは追々直していきますので、しばらくは卒業して浮かれている私の相手をしてください」
「やれやれ、こうなることを予想して書き進めておいてよかった」
「あ、今聞いちゃいましたからね。書き進めてたのなら私に構ってくださいよ」
「執筆優先。妻を愛でるのはその後だ」
「言質取りましたからね。執筆が終わったら私の気が済むまで愛でてくださいよ」
「はいはい。いくらでも付き合ってやるよ」
晴天の下。夫婦はいつものような会話をしながら――帰るべき我が家へ歩いていくのだった――。
―― Fin ――
【あとがき】
約一年間、本作を応援いただきありがとうございました!
色々とありましたが、無事に完結まで至ることができました。
改めまして、約一年間。晴と美月の夫婦の物語を見守っていただきありがとうございました。
作者の次回作、そして続編(既に設定はあるけど更新は未定)も応援していただけると幸いです。
ではではまたの更新で~!!!
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