第354話 『 旅の終わりと新しい夢の始まり 』
「旅行、あっという間でしたね」
「そうだな」
帰りの新幹線が出発する数分前。既に乗車支度を済ませていた晴と美月は、この二日間の旅を回想していた。
「もっと色々な場所を晴さんと見て回りたかったなぁ」
「これでも結構見た方だろ。帰りに足湯にも浸かれたんだし」
「たしかにこれまでにない充実感はありましたけど、でももっと一緒に楽しみたかったです」
「俺は十分満喫できたけどな」
「ほほぉ。つまり晴さんはもう旅行に行かなくていいと?」
誰もそんなこと言ってないだろ、とジト目を送ってくる美月の頬を抓る。
「そんなに物足りないと思ってるならまた来ればいいだけの話だ」
「――っ! ふーん、また来る予定なんですか?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべる美月に、晴は「お前次第だな」と黒髪に手を置いた。
「行きたいなら行ってやる」
「ふふ。ようやく重い腰を上げるようになりましたか」
「まその時の仕事量と気分次第だがな」
「上がった好感度が今ので一気に下がりましたよ」
全くもう、と呆れた風に嘆息する美月。
拗ねた風に背もたれに体重を乗せる美月に苦笑を浮かべて、
「冗談だよ。来年も、またどっか旅行行こう」
「――――」
「なんだその反応は」
「いえ、まさか本当に次の予定を立てるとは思ってなかったので」
「心外だな。今回の旅行で学んだんだよ。お前と遠出するのも悪くないってな」
本音を吐露すれば、美月はぱちぱちと目を瞬かせる。
その反応が少し照れくさいなと思いながらも、晴は約束するように固く美月の手を握る。
この二日。たった二日で、晴にも様々な心境な変化が生まれた。
その一つが、美月と遠出することで。
そしてもう一つは、
「なぁ、美月」
「なんですか」
真剣な表情で妻の名前を呼べば、彼女は不思議に思いつつも聞く体勢を作る。
晴の中で芽生えた感情――否、覚悟と言えばいいか。
それを、美月へ告げた。
「俺、家族に会おうと思う」
「――――」
告げれば、美月は紫紺の瞳を大きく開けたまま、ただ静かに晴の覚悟を聞いていた。
「会って、すぐに許せる訳じゃないと思う。でも、会って話さないといけない気がするんだ」
遠ざけて、もう連絡することも会うこともないと思っていた家族。
失った絆を取り戻したい訳じゃない。仲の良かったあの頃に戻りたい訳じゃない――ただ一つ、晴にはどうしても、彼らと会って報告しなければならないことがあって。
「会って、お前を……美月をちゃんと紹介したい。俺の大切な妻だって。どんな反応するか分からない。もしかしたらお前を傷つける可能性だってあるかもしれない」
それでも。
それでも、家族に美月の事を知ってほしかった。
美月が自分にとって、どれほどの存在なのか、家族に知ってほしくて。
「お前に負担を掛けるかもしれない。それでも、俺の家族に会ってくれるか?」
「――――」
その問いかけに、美月からの返事はない。
数秒。顔を俯かせたまま、黙り込む美月。
ただじっと、固唾を飲んで彼女からの返事を待てば――
「――はい。貴方を支えるのが私の役目ですから」
顔を上げた妻は、微笑みを浮かべながら頷いてくれた。
その肯定に張っていた緊張がどっと抜けて、深く息を吐いた。
「ありがとな、美月」
「貴方の妻ですからね。どんな困難だって、二人でなら乗り越えていけますよ」
むしろ遅いくらいです、と美月は頬を膨らませる。
「私としては、もっと早くその覚悟を決めて欲しかったですね」
「無茶言うなよ。これでも相当迷ったんだからな」
「分かってますよ。だから何も言わなかったんじゃないですか」
「意気地なしで悪かったな」
「迷うのは悪くありません。それに、遅かれ早かれ向き合うと決めたなら何も問題ありません」
「あと少し遅かったら?」
「晴さんのお尻を蹴っ飛ばしてました」
蹴っ飛ばされなくてよかった、と胸を撫でおろす。
それから、美月の顔を見つめて言う。
「本当に強かな女だなお前は」
「さっきも言った通り、貴方の妻ですから。なら、これくらい強気でないと無茶しようとするのも止めることはできないでしょう?」
「無茶をするつもりないけど、暴走を止めてくれるのは助かる」
「全く世話の焼ける旦那さんですねぇ」
「呆れたか?」
「呆れますけど、それ以上に愛してますから」
なら、それで十分だ。
美月から愛されているなら、他には何もいらな――
「いややっぱ小説は書きたいな」
「ほら出た執筆病」
我ながらに強欲だなと思うものの、それでも欲しいものは欲しいのだから仕方がない。
隣で微笑む妻も、無限の世界を創れる小説も、大切な友人たちも――全部、捨ててはならないものだ。
美月と出会う前では、小説以外は何もなかった自分。何も要らないと思っていた自分。
それが今では、こんなにも大切なもので溢れていて。
「やることは山ほどある」
けど、それが全部終わったら、叶えよう。
「美月」
「もぉ、なんですか?」
「家族に会って、お前が高校を卒業したら」
「はい」
「結婚式、挙げるぞ」
「――っ!」
不確定ではなく、断言する。
その宣言に、紫紺の瞳は一層大きく揺れて。
「べつに、挙げなくてもいいって言いましたよ」
「結婚する時に言われたな。でも、俺はやっぱりお前のウェディングドレス着てるところが見たい。本音を言えば、お前と挙式を挙げたいがために家族に会うつもりだ」
「そんな理由の為に、八年も遠ざけていた家族に会うんですか?」
「これ以上ない理由だろ」
呆れた風に嘆息する美月に、しかし晴は不敵な笑みを浮かべる。
「純白のドレスに飾られたお前を見るのが、俺の今の夢だ」
純白のドレスに着飾られた彼女は、いったいどれ程美しいだろうか。
それは想像にも及ばないから、現実で確かめたい。
きっとその瞬間のキミは、世界のどの女性よりも美しいから。
「……どんだけ私が好きなんですか」
「世界で一番愛してるくらいには好きだな」
照れずに言えば、妻は真っ赤に染まった顔を両手で隠して悶絶する。
「ほんと、そういうとこです。好きとか、愛してるとか、私のウェディングドレスを見たいとか……殺し文句が過ぎますよ」
「事実を言葉にしてるだけだし、言わないと伝わらないだろ。夫婦円満の秘訣は相手に感謝を伝えるのを忘れない、だ」
「それで悶絶する私の身にもなってください」
「もっと俺に絆されろ」
甘えて、甘えさせて、夫婦で幸せになろう。
まだ先の見えない未来。けれど、必ず来る未来。
男に二言はないし、約束は破らない。
「近い将来、必ず式を挙げよう、美月」
握るは左手。彼女の薬指に填められた結婚指輪に今一度誓えば――美月は晴の左手を握り返して、
「――はい。その時はもう一度、私にプロポーズしてください」
「あぁ、約束する。その時が来たら、もう一度お前にプロポーズする」
微笑みながら涙を流す美月に、晴はその涙を拭いながら誓った。
生まれた新たな夢。それに夫婦は胸を馳せながら、二日間の旅を終えたのだった――。
―――――――
【あとがき】
次回、最終話です。これまで応援本当にありがとうございました。
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