第349話 『 今日は一緒に寝る予定だったのか? 』


 続いて二人がやって来たのは熱海城。


 一階の資料館から順に回っていき、六階の展望天守閣で絶景を眺めた後、二人は再び一階へと戻り、念願である足湯に浸かっていた。


「ふあぁ。最高ですね」

「休憩にはもってこいだな」

「ですね~」


 熱海に来てまだ数時間ほどだが、サンビーチに熱海城散策と結構歩いたので足に疲労が溜まっていた。なので、この足湯はその疲労を癒すのに最適だった。


 足を癒しつつ、体の力も自然と抜けていく。


「六階からの景色もよかったですけど、ここからの景色もいいですね」

「海が見えるってだけで気分が違うよな」

「ふふ。晴さん、天守閣にいた時足震えてましたよ」

「高い所苦手って知ってるだろ」


 思い出してくすくすと笑う美月に、晴は不服気に口を尖らせる。


「でもおかげで絶景は撮れた」

「晴れた日に来れてよかったですね」

「あぁ。これ後でミケさんに送っておくか」


 最上階からの景色は絶景と呼ぶに相応しく、熱海市街は勿論、伊豆半島や大島、海が水平線まで繋がっていた。


「やっぱカメラ買うべきだったか」

「今のスマホなら十分いい写真が撮れるでしょう?」


 無駄遣いはダメですよ、と注意されるも、せっかくなら美しい景色はより鮮明に残しておきたいと思ってしまう。


「晴さん、何かにハマる、という事は少ないですけど、一度ハマったら抜け出さないんですから趣味を始める時は注意してくださいね。カメラって高いんですから」

「はいはい。お前といる時間が減るから趣味は増やさないようにするよ」

「そ、そういうこと言ってるんじゃありません!」


 拗ねてそっぽを向いてしまった美月。やはり甘えたがりな妻に苦笑しながら頬を突けば、なんですかと、とジト目が送られる。


「いや別に。嫉妬するお前が可愛いと思っただけ」

「人前で恥ずかしいこというの止めてくれますか⁉」


 誰も聞いてないと思うのだが、顔を真っ赤にした美月の叫び声に他の観光客が晴たちに振り返ってしまった。


 とりあえず美月を鎮めるべく頭に手刀を入れれば、


「他のお客さんに迷惑だろ」

「今の絶対私のせいじゃないですよねっ。晴さんが可愛いとか不意を突いてくるのが悪いと思うんですけどっ」

「お前は事実可愛いだろ」


 だからそういうとこっ、と顔を真っ赤にした美月が腕をぽこぽこと叩いてくる。


「晴さんは時と場所を選んで私を褒めるべきですっ」


 キッと涙目を浮かべながら抗議してくる美月に、晴は「分かった、分かった」と適当に相槌を打ちながら、


「今度からはお前だけに聞こえるよう耳元で言ってやる」

「それ余計悶えるやつ⁉」

「相変わらず耐性ないなお前は」

「好きな人からの誉め言葉で喜ばない人はいませんよっ」


 人によりけりだろ、と思っていると、美月が晴のことをジッと見つめきた。


 何事かと眉根を寄せれば、美月は頬を朱に染めて、照れながら言った。


「は、晴さんだって、いつもカッコいいですよ」

「ん。そうか」

「それだけ⁉」


 美月なりに勇気を振り絞って伝えたのだろうが、それに対して晴の反応はなんとも淡泊だった。


「なんで照れないんですか!」

「こんな所で照れられるか、恥ずかしい」

「それだとさっきの私が恥かいただけじゃないですか⁉」

「耐性がないのが仇になったな」


 また涙目になって腕を叩いてくる美月に、晴は悪戯小僧のような笑みを浮かべる。


 こういう反応が堪らなく愛しいから、つい意地悪したくなってしまうのだ。


 うぅ、と唸る美月は、涙で潤んだ紫紺の瞳を上目遣いで見つめてきながら、


「そんなに私をいじめて楽しいですか?」

「可愛い反応が見れるから楽しいな」

「悪魔だっ⁉」


 肯定されるとは思ってなかったか、美月は驚愕。


「……そんなにイジワルしたら、今日は一緒に寝てあげませんからね?」


 むぅ、と頬を膨らませながらわずかに恥じらいながら呟いた美月に、晴はふっ、と笑うと、


「今日は一緒に寝る予定だったのか?」

「~~~~っ! もう知りません!」


 挑発的に悪戯小僧のような笑みを浮かべながら返せば、美月は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。


 やっぱり、自分の妻は世界一可愛い。


 愛しくて堪らないから、ずっとこの時間が続いて欲しいと思う。


 そんな想いを込めながら頬に触れれば、


「悪かったよ。後でプリン奢ってやるから、機嫌直してくれ」

「……スイーツ全部奢りなら許してあげます」

「いいぞ。好きなだけ食べろ」

「仕方がありません。今回だけは、スイーツに免じて特別に許してあげます。ちゃんと私に感謝してくださいね?」

「はいはい。機嫌直してくれてありがとな奥さん」

「いい響き!」


 ちょろいなと笑いそうになるのを必死に堪えながら、晴は機嫌を直した妻ともう少し足湯を堪能するのだった。


「ほんと、お前といると飽きないな」

「何かいいました?」

「べつに。足湯いいなって」

「ふふっ。ですね」

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