第346話 『 これからはアシスタント兼恋人です 』


 ――四日後。


「黒猫のミケ、完全復活!」

「無事に退院できてよかったですね」

「誠にご迷惑おかけしました」

「なんて綺麗な土下座だ⁉」


 三日間の入院も終わり、今日が退院の日となったミケ。


 本当ならば朝から一緒にいたかったものの、冬真には学校があるのでそれはできず、代りに授業終了後に真っ先にミケの自宅へと直行した。


「できることなら退院の荷物持ってあげたかったんですけど、お母さんに授業はちゃんと出なさいと言われちゃって」

「いやいや、流石にそこまで手厚く面倒見てもらうのは不甲斐ないっす。入院中だって学校終わったら毎日お見舞いにきてくれたのに」

「当たり前ですよ! だってミケ先生は僕の――」

「僕の?」


 小首を傾げるミケに、冬真は顔を赤くしながら、


「僕は、ミケさんの、恋人……なんですから」

「――――」

「あれ違いました⁉」


 照れくさげに言えば、しかしきょとんと首を捻るミケに冬真は目を剥いた。


 まさかあの返事は夢だったのか、と不安に駆られていると、


「い、いや。そうっすよね。私たち、恋人になったんすよね」


 あんまり実感湧かなくて、と言ったミケに、冬真も同感だと苦笑。


「正直に言うと、僕もあんまりミケ先生の恋人だって実感湧いてないんですよね」

「そうなんすね。なんか、不思議っす。お互い好き合って、告白されて〝はい〟って返事もしたのに」


 頭がふわふわしている、とでも言えばいいか。


 現実のようで、夢のような感覚に陥っているのだ。


 ふと思い返せば自分は憧れのイラストレーターの恋人になったのだと思う反面、しかし本当に恋人になったのかと疑念を抱く自分がいた。


「とりあえず、手でも繋いでみます?」

「……手、ですか」

「なんか恋人っぽくないっすか?」


 唐突にそんな提案をしてきたミケに戸惑いつつも、冬真はこくりと頷いた。


「なぜ手を拭いてるんすか?」

「い、いえ……恋人同士といえど、相手は世界に愛されし神が如くイラストレーターなので」


 大袈裟っすねぇ、とケラケラと笑うミケ。


「これから何度も手を繋ぐかもしれないのに、その度に手を拭くんすか?」


 確かにミケの言う通りだな、と痛い指摘を受けてたじろぐ冬真。


 まぁ、今回は恋人になって初めて手を繋ぐのでそれは追々慣れていくとして、


「で、では……」

「にゃはは。ちょっと緊張するっすね」


 お互い頬を固くしながら、ゆっくりと指を絡めていった。


 触れる指先。一つ一つ、相手の手の感触を確かめるように握っていけば、やがて五指が隙間なく絡み合う。


 ――瞬間。心臓がトクン、トクンと弾み始めた。


「ミケ先生の手、細いです」

「冬真くんの手は、見かけによらず逞しいっす」


 お互い、相手の手の感想を伝え合う。そして、ふふっと笑みがこぼれた。


「それでどうっすか。恋人だって実感、湧きました?」

「まだ少し。でも、ちょっとだけ、思えてきました」

「私もっす」


 微笑むミケに、冬真も微笑を浮かべる。

 それから二人、手を繋いだまま、無言で壁に背を預ける。


「……私たち、恋人になったんすね」


 ぽつりと呟いたミケに、冬真はただ彼女に意識を傾ける。


「冬真くんは、これからどうするっすか? やっぱり恋人になったから、アシスタントは辞めちゃいます?」


 わずかに不安を宿す瞳がそう問いかけてきて――冬真は思わず笑ってしまった。


「そんなことありませんよ。僕は――ずっとミケ先生を支えていくって約束したじゃないですか」

「――――」

「それは恋人になっても、アシスタントになっても変わらないです」


 ミケを好きだから恋人になり、ミケを支えたいからアシスタントのままでいる。


 どっちも大切で、どちらか一方を切り捨てる事なんてできない。


「ミケ先生は、どっちがいいですか。僕が恋人になってアシスタントを辞めるか、アシスタントのままで恋人ではなくなるか」


 その問いかけに、ミケは間もなく答えた。


「どっちもがいいっす。恋人でいて欲しいし、アシスタントでいて欲しいっす」 


 ぎゅっと強く手を握るミケに、冬真は「分かりました」と笑みを浮かべると、


「じゃあ、今日からは恋人兼アシスタントとして、これからもミケ先生を支えていきますね」

「大変じゃないっすか?」

「アシスタントの方は大分慣れましたから」


 でも、と一度言葉を区切ると、冬真は隣に座る愛しい女性を見つめて、


「か、カノジョというのはミケ先生が初めてなので、その、至らない点も多いとは思いますが、どうか大目に見てもらえると助かります」


 照れながら言えば、ミケはぱちぱちと目を瞬かせる。

 ――それから、突然お腹を抱えて笑い出して。


「にゃははっ。それは私も一緒っすよ。私も、冬真くんが初めてカレシなので、至らない点が多い……いえ多すぎると思うっすけど。たぶん冬真くんより私の方が恋人らしさを心掛けないといけないと思うっすけど」

「そ、そこまで自分を追い込まなくても」


 自嘲するミケを慌ててフォローしようとすれば、ミケは「でも」とほほ笑みを浮かべて、


「――でも、二人で少しずつ、恋人らしくなっていきましょう」

「――っ」

「たぶん。私と冬真くんなら大丈夫っす」


 何の根拠もないけれど、それでも、その言葉だけで不思議と不安は晴れて。


「そうですね。僕とミケ先生なら、きっと大丈夫ですね」


 冬真とミケ。


 恋人となった二人は、これから少しずつ、絆と愛を育んでいくのだった――。



 ――――――――

【あとがき】

これにて冬真×ミケ編完結となります。

二人が恋人として成長していく様子はスピンオフ的なやつで書こうかなー、と思ってます。

さて、冬真とミケのお話も無事にハッピーエンドを迎え、次話から【出会い婚】もいよいよ最終章になります。

これまで応援し続けてくれたファンの皆様。最後まで本作を応援していただけると幸いです。

ではでは、また次回でッッ。



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