第343話 『 特別に好きなもの作ってあげますよ 』


 病院からの帰り道。


「冬真くん。晴さんに感謝してましたよ」

「まぁ、子どもにはなるべく辛い思いはさせたくないからな」

「私たち、一応四月には高校三年生になるんですけど。どちらかと言えば子どもというより、大人に含まれませんか?」

「俺から見ればまだ子どもだ」


 美月たちが大人だと思っていても、晴たち大人組からすれば美月たちはまだまだ子どもだ。


「大人になろうと背伸びしてるうちは、まだ子どもだ」


 美月の頭にぽん、と手を置けば、彼女は不服そうに頬を膨らませた。


「大人っつーのは、自分が知らない間に勝手になってるもんだ。例えば、毎日髭を剃らなきゃいけないなと思った時だったり、朝飲むコーヒーをやたら美味く感じたり、満員電車にスーツで乗ってる自分を窓から見た時だったりな」

「前半はともかく、後半は貴方家で仕事してるんですから体感したことないでしょう」

「物の例えだろうが」


 ジト目を送ってくる美月に、晴は分からず屋め、と抗議の視線を向けた。


 それからふ、と微笑を浮かべると、


「ま、冬真くんはともかく、俺はお前のことはもう子どもとは思ってないけどな」

「どうしてですか?」

「スタイルがいいから」

「今日のおかず一個減らします」

「それと俺の頼れる嫁だからな」

「訂正してあげましょう」


 ちょろい妻だな、と苦笑しながら、晴はご満悦気に微笑む美月の手を握る。


 そういう所はまだ子どもだな、と思いつつ、


「今日は助かった。色々とフォロー入ってくれて」


 と感謝を伝えれば、美月は「気にしないでください」と首を横に振った。


「あの状況で私にできることなんてなかったですから。それに、紗枝さんとの待ち時間は思いのほか楽しかったですよ」

「初対面の人だったのにか?」

「初対面でしたけど、なんでしょうか……紗枝さんからは親戚のおばあちゃんのような安心感があって、おかげで緊張せず色々なお話ができました」

「あの人不思議だよな。穏やかな口調のせいなのか、いつの間にか仲良くなってるんだよな」


 そうです、と美月が微笑みながら頷く。


「紗枝さんから聞きましたよ。晴さん、最初ミケさんのカレシだって勘違いされたんですよね?」

「あぁ、初めて会った……というより出くわしてしまった時か」


 今でもよく覚えている。


 ミケの救援要請に応じて弁当を届けに家に上がった時、そこで孫の様子を見に来た紗枝とタイミングが被ってしまったのだ。


「誤解を解くのが大変だったが、その後は実孫同様、孫のように可愛がられたな」

「やたらと親密そうに見えたのはそういうことですか」

「紗枝さんとお茶したこともあるぞ」

「人のお婆さんと何やってるんですか貴方」


 呆れた目で見てくる美月に「不可抗力だ」と抗議しつつ、


「紗枝さんの件はもういい、冬真くんのことも感謝してる」


 強引に紗枝の話題を終わらせれば、今度は冬真の話へ。


 晴の言葉に美月は「それこそ何もしてません」と視線を落とすと、


「私は、本当に何も。ただ一緒にいただけですから」

「辛いとき、誰かが傍にいてくれるだけで安心するもんだ。友達なら尚更な」

「そうでしょうか」

「そうだろ。お前だって、辛いとき友達が傍にいてくれたら楽になるだろ?」

「――はい。そうですね」


 美月は深く頷いた。

 そんな美月の微笑を見つめながら、晴はぽつりと呟く。


「ミケさんが会いたいって相手がちゃんといてよかった」

「? どういう意味ですか?」

「もう答えは出てるってことだ」


 そういえば、やはり美月はさっぱり分からないと首を捻る。

 それでいい、と口許を緩めながら、晴は腕を伸ばした。


「んんっ。今日は疲れた。何か美味いもんが食べたいな」


 チラッ、と美月を見ながら呟けば、彼女は一瞬目を丸くして、そして可笑しそうに笑った。


「ふふ。そうですね。今日は晴さん、冬真くんやミケさんの為に奔走してましたから。特別に好きなもの作ってあげますよ」

「ならビーフシチューが食べたい」

「いいですね。寒い日にぴったりです」

「よろしく頼むわ」

「ではこのまま、スーパーに買い物してから帰りましょうか」

「あぁ」


 夫婦。手を繋ぎながら歩く。

 こんな風に、あの二人も手を繋げればいいなと思いながら、


「――頑張れ。二人とも」


 青空に向かってエールを送った。

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