第342話 『 黒猫の相棒として 』
あれから、ミケが目を覚ましたという報告を美月が届けに来た。
まだもう少し落ち着かせた方がいいと判断した晴は冬真を美月に預け、一人でミケの居る病室へと向かった。
容態を確認しに――それも勿論あるが、それよりも彼女には言ってやらねばいけない事が多かった。
扉の前で一度深呼吸して、二度ノックする。返事はないが静かに扉を引けば、晴の存在に気付いたミケが視線を向けてきた。
「体の調子はどうですか?」
「また頭がぼーとして、体も死ぬほど怠いっす」
苦笑するミケに呆れながら近づけば、簡易椅子に腰を下ろす。
そのまま無言で見つめ合って数秒後、
「……ついにやらかしましたね」
「やっちまいました」
ジト目を向ければ、彼女も猛省を示すように顔を手で覆った。
「これでコンビ揃って仲良く病院送りですか」
「私だけは病院送りにはならないと思ってたんすけどね、いやはや、人生とは何が起こるか分からないもんす」
「アナタの場合は完全に自業自得でしょう」
「病人に正論叩きつけないでくださいっす!」
ちゃんと反省してるんすよ! と泣き叫ぶミケ。
「思ったより元気そうですね」
「まぁ、死ぬほど怠いけどどっかケガした訳じゃないっすからね。そういう意味じゃ体はピンピンしてるっすよ」
どうやら本当に一時的に体調が悪化しただけのようで、自分たちが思っているよりも元気らしい。
ならば重畳、とは思いつつ、
「冬真くん。すごく落ち込んでましたよ」
「うっ。やっぱりっすか」
「目の前でミケさんが倒れたんです。その気持ち、考えずとも分かりますよね?」
咎めるように言及すれば、ミケは「はいっす」と顔を下げながら肯定した。
「冬真くんには本当に申し訳ないことをしたっす」
「会ったらちゃんと謝ってくださいね」
「土下座するっす」
たしかにそのくらいしないと割に合わない気がする。
まぁそんなことされたら余計冬真が非を感じると思うので、「程々に」と釘を刺し、
「冬真くんがいるから大丈夫だろうと思って絵描き続けてたんでしょ」
「あ、やっぱり分かっちゃいましたか?」
「分かりますよ。俺も美月がいるから、似たような考えすることたまにありますし」
とはいえ、それでぶっ倒れるほど無茶はしない。
はぁ、と深くため息を吐けば、ミケは天井に視線を移して言った。
「前は、一人だったじゃないっすか。だから、掃除もご飯も自分一人でやらないといけなくて……でも冬真くんが来てから、自分でやらないといけないものは彼がやってくれて。前以上に好きなことに打ち込めるようになったんすよ」
それは、さっき晴が冬真にミケの心情を代弁した時に語ったものだ。それと全く同じことを言うミケに、晴はやはり彼女とは思考が似ているなと実感させられた。
「冬真くんがいるから、ちゃんと傍にいてくれるって分かってるから、だから無茶できてたんす。彼ならきっと支えてくれる。見守ってくれる。助けてくれる、って」
「それがこの結果ですか」
「うっ。本当に彼には申し訳ないことをしたっす」
支えてくれることが分かっていることが、仇となってしまったのだ。
無論、その責任には冬真ではなく、ミケにある。
「できれば怒りたくないし、こんなこと言う資格もないかもしれませんけど、けど今回ばかりは言わせてもらいます」
冬真のことを想えば、これは彼女に言わなくてはならないことだ。心を鬼にしてでも。
すぅ、と息を吐き、
「ミケさんが今回やったことは、自分の体調管理を怠った上にそれを他人に任せようとしたただの因果応報です」
「うぐぐっ」
「冬真くんだけじゃない、家族にも周りも迷惑かけたんですよ。その自覚、ちゃんとありますか?」
わずかな憤りを見せながら問えば、ミケは珍しく悄然とした顔で「あります」と答えた。
「ミケさんの周りには、ちゃんと心配してくれる人たちがいるんです。俺も、当然その一人です」
冬真の前では冷静な振りをしていただけで、晴だって内心では不安でいっぱいだった。
「アナタだって、俺の大切な人の一人なんだ」
「――ハル先生」
想いを伝え合うように見つめ合うも刹那。晴はミケを鬼のような形相で睨むと、
「今回の件で懲りたら、今後二度と無茶はしないと誓ってください」
「いやそれは……ちょっと無理かと……」
「あ?」
「いえ誓います! 誓うっす!」
こくこくと頷くミケに「分かればよろしい」と吐息。
ようやく叱責から解放されたと胸を撫でおろすミケだが、
「それとまだ話は終わってませんよ」
「まだあるんすか⁉」
「もう一つ。こっちの方が大事です」
人に対して咎める、なんて不慣れな事をしたせいで疲労感を覚えたものの、それでもミケにはどうしても言わなくてはならない事があった。
はて、と小首を傾げるミケに、晴は姿勢を崩すと言った。
「自分の気持ち、もう気付いてるんでしょ」
「――――」
主語のない問いかけに、ミケは何も答えない。
普通なら何のことかと問い返すのに、それがないのが答えのようなものだった。
「自分の気持ちだけじゃない、冬真くんの気持ちにも」
「――――」
視線を下げるミケ。晴は構わず続けた。
「いい加減。目を背けるの諦めたらどうですか」
「背けてなんか……」
「背けてるでしょ。だから、気付かない振りをしたくていつになく絵を描いてたんじゃないんですか」
「――――」
表情は前髪に隠れて読み取れず、体の反応も布団に包まれているせいで分からなかった。
それをいいことに、晴はこれを機会に言いたいことを全部言ってやることにした。
彼女が勇気を持てるよう、余すことなく全部。
「意外と悪くないもんですよ。年下にお世話されるのは」
「……ロリコン」
「ロリコンじゃないです。好きになった相手がたまたまJKだっただけです」
自分で言ってて犯罪臭が凄まじいが、それは無視して、
「自分じゃ幸せにできない、なんて思ってても、それは後でいくらでも変わるものですよ。俺だって、最初は美月を幸せにできないって思ってましたし」
それでも、
「でも、一緒に過ごすうちに自然とそんな不安よりも幸せにさせなきゃいけないっていう使命感というやつが沸いてきますよ」
「……そんなの分からないじゃないっすか」
「だからこそ試してみればいいじゃないですか。一緒に」
ミケが抱えてる不安が分かるから、無理に押し付けることはできない。
それでも、背中を押すことくらいはできるから。
「もう彼を手放したくないと思ってるなら、それが答えだと思いますよ」
「――――」
「悲しむ顔より、笑ってる顔が見たいんでしょう?」
「――――」
「あんな優しい子、他にいませんよ」
「――――」
「ミケさん。十分魅力的なんですから、自信持ってください」
返事はない。それでもいい。
言いたいことは全部言って、怖気づく彼女の尻を蹴るのが――相棒の務めだと思うから。
「バカ猫。さっさと自分に素直になりやがれ」
「――ッ‼」
初めて、彼女に乱暴な言葉を使えばビクッと肩が震えた。
それは恐怖ではなく、晴の気持ちを理解したものだと、そう信じたい。
依然として顔を見せないミケに、晴は「それじゃあ」と息を吐くと、
「言いたいことは言って満足したので、俺は帰りますね。あ、そうだ。この事、俺から四条さんに報告しておきますので。退院しても一週間、いえせめて数日は絶対安静にしててくださいね。最悪見張り役として美月か詩織さん家に押し付けますからね」
最後に捲し立てるように言って、椅子から立ち上がる。
去り際にミケが小さな声で「ありがとう」と言ったのが聞こえて、思わず微笑が零れた。
「――頑張れ。ミケさん」
彼女の耳には決して届かないエールを送って、晴は病室を後にしたのだった。
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