第340話 『 寄り添うべきはミケではなく、アシスタント 』
――駆け足で病院へ着けば、そこで見覚えのある女性と少年を見つけた。
「紗枝さん」
「あら晴くん」
晴の存在に気付いた老婦は待合室の席から立つと、朗らかな笑みを浮かべた。
隣で美月が誰かと言いたげな顔を向けてきて、それに晴は老婦に手を向けると、
「ミケさんのお婆さんの、紗枝さんだ」
なんでミケさんのお婆さんと面識があるんですか、と顔で説明を要求してくる美月。しかしそれに応じる余裕はなく、会釈した紗枝に二人は視線を移す。
「初めまして、ええと……」
「あ、申し遅れました。八雲美月と申します」
「ふふ。とっても可愛らしい女の子ね」
「一応、俺の妻です」
と答えれば、紗枝は「あらそうなの!」と興味を示すように瞳を輝かせた。
美月の紹介はまた後でするとして、
「ミケさんのご両親は?」
「二人とも温泉旅行中で来るのが難しくてね。まさか娘がいきなり倒れるなんて思いもしないでしょうし、それで息子夫婦の代わりに私が来たの」
「そうでしたか。それで、ミケさんの容態は?」
心臓の騒がしさを無理やり無視して問えば、紗枝は「大丈夫よ」と答えた。
「疲労と月経で貧血を起こして倒れちゃったらしいわ。お医者様は命に別状はないから安心してって」
その言葉を聞いて、晴と美月はほっと安堵の息をつく。
しかし、紗枝は「でも」と視線を落とすと、
「金城くん、って言うのよね。病院に着いた時から、ずっとあの調子で」
「――――」
「私が何を言っても苦しそうな顔をしてね。ただずっと、泣くのを我慢しているみたいで」
紗枝に促されるように視線を冬真へ移せば、彼は終始顔を下げていて、無言の状態だった。
晴と美月が到着した時に一度反応を見せたが、その時に垣間見えた彼の瞳に生気はなく、ただ無力さと悔悟だけが宿っていた。
「彼は、みぃちゃんのアシスタントさんなのよね?」
「はい。彼が、ミケさんをずっと支えてくれていました」
「そう。それなら、私からも感謝しないと」
ただ、今それを伝えられる状態ではないということは、誰の目から見ても明らかだろう。
「悪い美月。少しの間、紗枝さんと一緒に待っててくれるか」
「分かりました」
晴の意図を瞬時に察した美月は、静かに顎を引いた。
なんとも頼りがいのある妻に感嘆としつつ、晴は顔を俯かせる冬真の前に膝をつくと、
「金城くん。ちょっと気分転換に空気吸いに行こうか」
「――――」
微動だにしない――というより、この場から離れたくないように見える冬真に、晴は肩を叩くと、
「ミケさんが目を覚まして、そんな顔で会っても喜ぶと思う?」
「――っ!」
穏やかな声音で問いかければ、息を飲む音がした。
「そんなに思い詰めなくていいよ。今は紗枝さんも、美月も俺もいる。金城くん一人じゃない」
彼の心情を理解できるから、ずっと震えている手を握って優しく語り掛ける。
不安と恐怖、己への不甲斐なさと後悔で頭がいっぱいなのだろう。それこそ、誰の言葉も耳に入らないくらいに。
だからこそ、彼には落ち着いてもらわなければならなかった。
彼女が目を覚ました時。きっと一番に笑顔を見たいのは冬真だろうから。
「金城くんは、目を覚ました時どんな顔を見せたい? 悔やんでる顔? 苦しんでる顔?それとも笑顔?」
「――――」
「俺はミケさんじゃないから、ミケさんが何を思ってるかは分からない。でも、これだけは分かる。ミケさんはキミに、そんな顔はさせたくないって思ってる」
冬真が大切だからこそと、一度は手放さそうとしたくらいだ。
冬真の幸せを願った人が、彼のそんな辛そうな顔を見て喜ぶことは断じてない。
泣いていい。けれどせめて、彼女には笑顔を見せてあげてほしい。
そんな想いを込めながら見つめれば、やがて彼は静かに席を立ち上がった。
「歩ける?」
「――はい」
依然として顔は俯かせたまま、けれど、弱弱しくも頷いてくれた。
じゃあ行こうか、と歩き出せば、覚束ない足取りで着いてくる。
そんな冬真を見届けながら、晴は美月に『後は任せろ』と視線で告げれば、妻はビシッと敬礼で返した。
それに思わず笑ってしまいそうになりながら、晴は冬真を連れて外へ出た。
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