第338話 『 私の自慢のアシスタントくん 』
「いやぁ。たくさん買ったすねぇ」
「あはは。僕も、ミケ先生につられてたくさん買ってしまいました」
静まり返る夜のように、楽しかった時間ももうすぐ終わろうとしていた。
「今更っすけど、家まで着いてきてくれてありがとうっす」
「気にしないでください。
「冬真くんてドMなんすか?」
「全然違いますけど⁉」
あらぬ疑いをかけられそうになって、冬真は慌てて否定する。
「ただ単に、夜中に女性一人を歩かせるのは危ないと思っただけです。それに、この荷物を一人で持って帰るの大変でしょう?」
「なんて気の利いた男の子っ。それでなんでカノジョいないんすか?」
「作ろうと思って作れたら苦労しませんよ」
「でも、チャンスはあったでしょう?」
「……うぐっ」
千鶴のことだ、とすぐに察して、冬真は思わずたじろぐ。
そんな冬真を横目に、ミケは呟く。
「チャンスを棒に振ってまで私と一緒にいたいメリットなんてないと思うんすけどねぇ」
「きゅ、給料がいいので」
適当に誤魔化せば、ミケはなるほどと勝手に解釈した。
「まぁ、他の所でバイトするよりは断然待遇いいのは理解してるっすよ。自分で言うのもあれっすけど、結構稼いでるわりにアシスタントとして雇ってるのは冬真くんだけですし、他を雇わない分報酬を上乗せしてあげられるんですよね」
「それでもこの時給と待遇は破格と思いますよ」
時給は高いし出勤日は自由だしボーナスは出る神待遇のアシスタント業。無論、他のアシスタントが冬真のような厚遇を受けていないのは百も承知だし、ミケに自分が特別扱いされているも理解している。
だからこそ、その期待と信頼には応えたい。
「僕はこの仕事が気に入ってますし、やりがいも感じてます。それに、今日は一段とそれを実感しました」
お店に並ぶ、ミケの手がけたキャラクターやイラスト。それを見る度に、冬真は誇らしくなった。
自分は、こんなに素晴らしい絵を描く人のアシスタントをしているのだと。
まだ彼女を支え切れている訳ではない。けれど、微力でも手助けはできているのだとそれを見て感じたのだ。
いつまでも続くことはない、彼女と過ごす時間。いずれは高校を卒業して、大学なり専門を出て、社会人になれば彼女のアシスタントを辞めなければならない時が来るかもしれない――だから今は、この限られた時間を大切にしたい。
叶うならば、ミケと恋人同士になりたいけども。
けれどまだ、ミケに告白するなんて勇気はないから。
「恋人は、頑張ればいつかはできると思うけど、ミケ先生とはいつまでこうして一緒にいられるのか分からないから。だから僕は、もう少しミケ先生のアシスタントを楽しみたいです」
「――冬真くん」
想いを吐露すれば、並んでいた足音がずれた。
その場に立ち止まるミケに、冬真は不思議そうに首を傾げる。
ミケは顔を俯かせたまま、微動だにしない。
「――私も」
ぽつりと、小さく呟いた声を聞き取ろうと顔を寄せた瞬間。顔を上げたミケの表情に心臓がトクンと跳ねた。
冬真を見つめんとするミケ。その顔は、あまりに儚く、美しくて。
「私も、キミといる時間が好きっす。だからもっと、冬真くんに支えて欲しいっす」
「――っ」
それは、告白のようで、告白ではない懇願。
ただそれでも、冬真にとっては喜び以外の何もなくて。
手は、お互い荷物を持っているから握ることができなかった。
だからその代わり、満面の笑みを浮かべて――
「はいっ。これからも、僕はミケ先生を支えられるように頑張ります!」
「にゃはは。これからも頼りにしてるっすよ。私の自慢のアシスタントくん」
真冬に夜空に、白い吐息が昇る。
再び足並みは揃って、目的地に向かって歩いてく。
「そうだ。せっかくなんで夜ご飯どこかで食べていかないっすか? ファミレス行きましょ」
「いいですね。ミケさんのお家までまだ少し距離ありますし、それに今日はたくさん動いたからお腹空いちゃいました」
「では異論なしということで。今日は冬真くんにすっごく楽しませてもらったので、私が奢るっすよ」
「え、いやでも……」
「異論はなーし! ファミレスに向かってレッツラゴーっす!」
「お、おー?」
輝く星たちは、絆を紡ぐイラストレーターとアシスタントを優しく見守るのだった。
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