第337話 『 これは、待ち受けにしよう 』
前半戦は周辺のお店を散策しつつ、昼食はラーメンを食べた。
腹ごしらえを済ませて少し休息をいれれば、後半戦のスタートだ。
「そう……そこっす……もうちょっと奥に来てくださいっす……ああそこっ、そこっす」
「ここ、ですか」
「はいっす。そこで、一気に挿れてッ」
「い、いきますよ」
「思いっきり挿れてくださいっす!」
互いに熱い吐息をこぼしながら、その瞬間を見極める。
我慢を続けた先に待つ解放感に急かされながらも、しかし冬真は耐える。
これを決めなければ、冬真はミケの期待を裏切ってしまう。漢としてのプライドが、冬真の興奮を必死に抑える。
そしてミケが声を上げた瞬間。冬真は覚悟を決めて――抑えていた
「チェストォォォォォォォ!」
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇ!」
カッと目を見開いたと同時、冬真は目にも止まらぬ速さで手元のボタンを押し、ミケは顔面をガラスに張り付けながら叫んだ。
そんな二人の気迫とは対照的に、それはピロピロピロ~、となんとも間の抜けた音を奏でながら下がっていく。
ピタリと止まったアームがぬいぐるみを掴むと、またゆらゆらと揺れながら初期位置に戻り始めた。
「頑張れ頑張れクレーン! お前の力はこんなもんじゃないはずっす!」
「僕にぬいぐるみを取る力を分けてくれ―――――――ッ!」
鬼気迫る表情の二人に見守られながら、クレーンはぬいぐるみを持ち上げながら順調に戻ってくる。
そして――
「いよっし! これで全種コンプです!」
「よっ! クレーンゲームマスター冬真くん! あっぱれっす!」
コトッ、と落ちたぬいぐるみを掴みながら爽快感に満ちた笑みを浮かべる冬真に、ミケも賞賛と大きな拍手を送る。
「まさか千円ちょいで三種全部取るとは、感服したっす!」
「いえいえ。ミケ先生のサポートがあったからこそこんなに楽に取れたんですよ」
冬真の操作技術とミケのサポート。それが綺麗に合わさったからこそ取れたぬいぐるみだ。つまり、これは二人の協力プレイの賜物と言っていい。
「はい。ミケ先生。好きなキャラ選んでください」
「いいんすか?」
「もちろんです。そのために全部取ったんですから」
わずかに躊躇いをみせるミケに、冬真は屈託なく笑いながら言った。
そんな冬真にミケは口許を綻ばせると、
「なら有難く、マオハもらいましょうかね」
「ふふ。やっぱりミケ先生ならマオハを選ぶと思ってました」
どうして分かったかと言えば単純で、ミケがプレイしているゲームで最初に選んだキャラクターがそれだったからだ。
「こうしてみると、冬真くん博士に見えるっすね」
「あはは。ちょうど御三家抱えてますからね」
「マオハ貰う前に写真撮っていいっすか。美月ちゃんに送ろう」
「絶対やめてください⁉」
そんなことされたら瞬く間に美月から千鶴、可憐へと拡散されてしまうではないか。
戦々恐々とする冬真にミケは「冗談すよ」とカラカラと笑いながら、
「写真は撮るっすけど、これは、私だけの思い出にするっす」
「それならまぁ、べつにいいですけど」
ミケだけに見られるというのも若干恥ずかしい気もするが、拡散されないだけマシかと割り切る。それに、ミケに写真を撮られるのは構図作りで慣れているので、躊躇うのは今更だ。
スマホを向けられて少し博士を意識してポーズを構えれば、カシャッ、とシャッター音が聞こえた。
「うむ。バッチリっす!」
オッケーサインを送るミケに肩の力を抜きつつ、冬真はクレーンゲームに戻っていく。
次はどれを獲ろうか、そう悩む冬真をミケは後ろで見つめながら――
「これは、待ち受けにしよう」
スマホに映る彼の笑顔を、大事そうに胸に抱えたのだった。
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