第335話 『 やっぱりミケ先生は神だ 』


 ヲタクの聖地・秋葉原。


 そこには多種多様の電化製品店やゲームショップ、アニメショップが並び立つが、そこで目につくのはやはり広告だろう。


「やっぱりミケ先生は神だ」

「唐突に何言ってるんすか冬真くん」


 呆れたように嘆息するミケに、冬真は立ち寄ろうとしたアニメショップの前に立てかけられたポスターを見つめながら言った。


「だってあの絵も、あの絵も、全部ミケ先生が描いたものですよね」

「いやぁ、確かに私が描いたビジュアルポスターがあるなー、とは思ってたすんけど、改めて言われると恥ずかしいっすねぇ」


 目を爛々と輝かせながらそれを指させば、ミケは照れくさそうに頬を掻く。


 アニメショップには現在ラブコメで圧倒的人気を誇る『微熱に浮かされるキミと』のポスターが貼られていて、入口にはミケがキャラクターデザインしたMチューバーの等身大パネルが置かれていた。


 それを見て改めて、冬真はミケというイラストレーターが世間からどれ程尊敬され、愛されているのか実感した。


 自分は絵の神様の下で働いているのだと、その感慨深さに浸っていると、


「こういうの見ると、絵を描いててよかったと思えるんすよね」


 隣でぽつりと呟いたミケに振り向けば、彼女は小さな笑みを浮かべていて。


「自分が好きで描くものを、他の人たちが好きだって言ってくれる。自分が死ぬ気で描いたものが愛されるのは、イラストレーター冥利に尽きるっす」


 己の描いたキャラクターたちを愛し気に見つめるミケを、冬真はただ尊敬の念を抱きながら見つめる。


 じっと見つめていると、微笑みを浮かべるミケが冬真に振り向いて、


「あの絵も、あのキャラクターも、私を支えてくれるキミがいたから出来たものっす」

「そんな、僕はただ家事をしてただけで……」


 些細なことしかできていないと言えば、ミケは「そんなことはない」と否定した。


「冬真くんがやっていることはちっぽけなんかじゃないっす。キミがいるって分かってるから、私は夢中で絵を描けるんす。キミがずっと見守ってくれたから――」


 そこで一度言葉を区切るミケは、何かに気付いたように大きく目を見開いて、


「――そうなんすよ。冬真くんは私を見放さないって分かってるから、私はずっと絵を描き続けられるんす」

「ミケ先生」

「まぁ、それを理由に無茶をしちゃいけないって言うのも分かってるんすけどね。にゃはは。自分はやっぱりダメ女っす」


 ごめんっす、と謝りながら笑うミケ。


 そんなミケに何も言い返すことができなかったのは――彼女の言葉に胸が打ち震えていたから。


「(――あ、やばい。泣きそう)」


 自分がミケを、どれほど支えられていたか分からなかった。


 けれど今、彼女の言葉を聞いて、初めて自分がミケをちゃんと支えられていたか分かった気がした。


 ミケは冬真のことを、心の底から信頼してくれていたのだ――。


「どうしたんすか冬真くん?」

「なんでもないです。ちょっと目が痒くなっただけです」


 零れ落ちそうになる涙を乱暴に拭う冬真を、ミケは不思議そうに見つめる。


 それから気を取り直すように深呼吸すれば、


「もう大丈夫です」

「そっすか。なら、気を取り直して買い物楽しみましょう!」


 袖を捲る黒猫に、冬真は「はいっ」と力強く頷く。


「今日はたくさん買うっすよ~」

「荷物持ちは任せてください」

「なぜ私の荷物を持つ前提なんすか⁉」

「家族と買い物に行くと、毎回姉さんの荷物持ち役になるので」

「損な役割っすねぇ。……妙に荷物持ちたがるのは性格ではなく癖なのか」

「それは癖ではなく、ミケ先生の荷物持ちになりたいからです!」

「ここでマニアックな趣味公開するのやめてくれます⁉」


 どこまでも献身的なアシスタントに、流石のミケもドン引き。

 そんな風に和気藹々と会話を弾ませながら、二人は買い物を楽しむ。

 黒猫と少年のデートはまだ始まったばかりだ。



 ―――――――――

【あとがき】

個人的にツインテ三つ編みのミケも見たいけど、彼女にその技術がないので劇中で描かれることはまずないという悲しい事実。任せたぞ美月、詩織たそ。


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