第334話 『 実質アキバデートです 』
――日曜日。
「やって来ました秋葉原~!」
「……わーい」
晴天の下で両手を掲げるミケに、冬真は困惑しながらもとりあえず便乗した。
「いやぁ。久々のアキバっす!」
「……はぁ」
「あ! あれはちわうさのポスター⁉ コラボカフェやってたんすね⁉」
興奮するミケを茫然と見つめながら、冬真はここに至るまでを振り返る。
今朝。ミケから『アキバに行くから着いて来て』というメールが届いたのだ。唐突かつ事前情報なしの〝ミケからのお出かけのお誘い〟に思わずホットミルクを吹き出してしまい、姉に罵られながら支度を済ませ、慌てて最寄り駅で集合し、脳が情報をし切れないままこうしてアキバに着いてしまった。
「あの、ミケ先生」
「なんすか?」
シャッターを押しながら振り返るミケに、冬真は唐突に秋葉原に来た理由を尋ねた。
「誘ってくれたのはもう死んでもいいくらい嬉しいんですけど、でもどうして急にアキバに?」
「だって冬真くんが休んでくれって言うから」
「それでアキバ」
「ヲタクにはうってつけの遊び場でしょう!」
それはそうだが。
冬真としてはしっかり自宅で休息欲しかったのだが、しかしそこまで要求できるほど冬真は偉くない。
ミケには休んで欲しいが、けれど休暇の仕方は人それぞれだしなと葛藤していると、
「家でごろごろするのも飽きると思うし、それにせっかくの休みなのに何もしないのは勿体ないじゃないっすか。なので、日頃のお礼も兼ねてアキバに誘ったら冬真くん着いて来てくれるかなーと」
「ミケ先生からの誘いを断るはずないでしょう⁉」
その猫が甘えたがるような表情はずるい⁉
もじもじと、恥じらいながら冬真を誘った理由を明かしたミケに、冬真の胸が鷲掴まれる。
あまりの可愛さに一瞬天国から迎えが来たが、どうにか意識を取り戻すと冬真は奥歯を噛みながら、
「ミケ先生とアキバを楽しめるなんて、ヲタク冥利に尽きます」
「にゃはは。やっぱ楽しい場所は一人より友達と一緒のほうが盛り上がるっすよね」
「……ミケ先生と一緒だから最高なんだよなぁ」
好きな人とアキバデート(正確に言えばデートはないが)、端的にいって至福である。
それに加えて相手は推しイラストレーターという、ヲタクからすれば明日が命日でも構わないくらいの最高Of最高に尽きる一日だ。
それに、
「……なんすか冬真くん。私のことじっと見つめて」
「いえ、なんでもないです」
素っ気なく返せば、ミケは不思議そうな顔をしながらまた駅前のキャラポスターの撮影に戻った。そんなミケを、冬真はまた見惚れるようにじっと見た。
「(あぁ、今日のミケ先生、可愛いなぁ。いやいつも可愛いんだけど)」
チェックのロングスカートに淡いピンクのニット。コーデは普段と変わらないのに、何故か今日のミケは一段と可愛く見えるのだ。
楽しそうに笑うミケを見る度に、心臓はトクンと跳ねて。
「ミケ先生。マジ天使やぁ」
冬真の下に舞い降りた天使に見惚れながら、熱い吐息をこぼすのだった。
▼△▼△▼▼
「聞き忘れてたんですけど、体の方は大丈夫なんですか?」
一通り駅周辺の写真を撮り終え、本格的に散策開始ッ! という直前でミケにと問いかければ、彼女は「もちろん」と親指を立てた。
「昨日はもう冬真くんが帰ってからちょこっとしか作業してないんで。久々にお風呂も入ってぐっすり眠れたんで元気っす!」
「それならよかった……ん? 今聞き捨てならない単語が聞こえたような」
「き、気のせいっす!」
それならいいが、何故か慌てるミケに眉根を寄せる。
まぁ、兎にも角にもミケが約束通り休んでくれたので一安心だ。
「もう、キミは本当に優しい人っすねぇ」
ほっと胸を撫でおろす冬真を見つめながら呟くミケ。そんなミケに冬真はぽりぽりと頬を掻きながら、
「優しいとかじゃ……ただ嫌なだけなんです」
「何がっすか?」
「ミケ先生が倒れたり、苦しんでる所を見るのは」
「――――」
ミケの笑顔が好きだから、辛い顔は見たくなかった。好きな事に全力を尽くしている姿勢は見ていて尊敬するし、格好いいとも思う。
目元の隈がそれに熱中している証拠ということは、頭では分かっているのだ。
けれど、無茶をして倒れる姿は見たくない。
好きな人に笑顔でいてほしいというのは、傲慢でもなければエゴでもない――とても当たり前の事ではないだろうか。
それを願うのは、例え彼女の恋人でもなくても出来るから。
「ミケ先生だって、推しが死んだら悲しいでしょう?」
「三日寝込む自信があるっす」
真顔で答えたミケに思わず苦笑しつつ、
「僕だって同じです。もし、ミケ先生が倒れたら、僕は三日どころか一週間寝込む自信があります」
先ほどのミケと同じように真顔で答えれば、ミケは「大袈裟っすねぇ」と笑う。
けれど、ミケは「でも」と口許を緩めると、
「――そんな風に私のこと想ってくれるのは、うん……少し照れるっすけど、素直に嬉しいっす」
伝われと想いを込めた言葉は、どうやら彼女にちゃんと届いてくれたらしい。
嬉しそうに、でもほんのちょっぴり照れくさそうに冬真の言葉を受け止めたミケは、にゃははと笑って――そして突然手を握ってきた。
「――っ⁉」
驚く冬真に、ミケは白い歯を魅せながら問いかける。
「私の大切なアシスタントくん。今日は、一緒に楽しんで遊んでくれますか?」
揺れる、彼女の見惚れてしまうほどに美しい黒の瞳。
その瞳に映る自分は躊躇うことなく「はい」と頷いて、
「何処までも、お供します!」
「にゃははっ。なら、今日は目いっぱい一緒に楽しみましょう!」
ミケの手を握り返せば、彼女もまた、冬真を離さぬようにぎゅっと強く握りしめた。
この一時だけで胸にはいっぱいに幸せが満ちているというのに、まだデートは始まってすらいないのだから驚きだ。
――幸せ過ぎて、どうにかなりそうだ。
「よぉし。今日は二人でとことんアキバを楽しむっすよ!」
「――はいっ。それじゃ行きましょうか。ミケ先生」
「レッツラゴーっす!」
まだ冷たい手に引かれながら、冬真ははしゃぐミケと共に歩き出した。
―――――――――
【あとがき】
そんな訳でデート……もといお出掛け回です。
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