第332話 『 あの執筆病の夫を看病するのすごく大変なんだから 』


 ――約二週間の冬休みもあっという間に終わってしまい、今日からまた学校が始まる。


「おはよ~。みっちゃん」

「おはよう可憐。それと影岸くんも」


 教室に入れば既に可憐とその恋人である修也が登校していて、美月は朝から睦まじいカップルにちょっぴり嫉妬しながら二人の下へ向かった。


「朝から勉強?」

「勉強というほどのことはしてないよぉ。ちょっと頭の体操~」

「クロスワードパネルをやってたんです」


 ぽりぽりと頬を掻く修也を横目に視線を下げれば、おそらく歴史の問題であろうクロスワードパネルが解かれている最中だった。


 これも可憐と修也の二人ならではの楽しみ方なのだと思えば、思わず口許が緩んでしまった。


「二人は冬休みはどうしてたの? デートした?」

「ま、まぁ。それなりに」

「そんなに照れるような大層なことしてないでしょ。デートといっても家からほぼ出てないし」


 それはお家デートという立派なデートではないか、と思ったものの、あまり外に出たがらない可憐のことだ。きっと苦肉の策で選んだのが家だったということがなんとなく予想できてしまった。


「でも初詣には行ったじゃないですか」

「私の家族同伴だったからあれはデートとは言わない」

「あの時は心臓バクバクでしたよ」


 二人の会話を聞けば、美月の耳がピクピク、と反応する。


「可憐。影岸くんのこと親に紹介したの⁉」

「クリスマスの日にね」


 あっさりと肯定した可憐に、美月は驚愕。


 美月の知らない間に、親友がカレシを親に紹介するまで済ませていたとは思わなかった。


 驚く美月を横目に、可憐は「くわぁぁぁ」と机に腕を伸ばしながら言った。


「私は中途半端な恋愛はしない。面倒だからね。だから、修也は交際する時点でほぼ私の結婚相手になることは決まってたよ」

「可憐さんと別れたら僕お義父様に殺されますしね」


 可憐の言葉だけ聞き取れば運命の相手だと思えるのに、続く修也の言葉で一気に彼には選択肢がなかったのだと同情してしまった。


「べつに別れてもいいんだぞ?」

「死んでも可憐さんと別れたくありません‼」

「フォッフォッオ~。そうじゃろぉ。こんな可愛いカノジョ、他にいないじゃろ~」

「可憐さんは世界で一番可愛いカノジョです!」

「……バカップル」


 仲睦まじい恋人たちを目の前にして、美月はようやく自分と晴が他人からどう見られているのか分かった気がした。……これからはもう少し人目を気にしよう。


 そんな反省を胸中でしていると、


「あ、やっぱりもう来てた」

「おはよう冬真くん」

「おっは~」


 聞きなれた声がして後ろを振り返れば、冬真が教室に到着していた。


 彼は「おはよう皆」と手を振りながら自席に鞄を置けば、何やらいつになく真剣な顔で美月を見つめてきた。


「登校してすぐにごめん。美月さん。ちょっと時間いい?」

「……え、うん。べつにいいけど」


 なぜか、切羽詰まっているような表情の冬真に、美月は困惑しながらもぎこちなく頷く。


 余裕がない、そんな雰囲気を漂わせる冬真に、可憐と修也も眉根を寄せていた。


「ミケ先生のことで、相談したいことがあるんだ」

「――っ⁉」


 美月にだけ聞こえる声で言った瞬間、ドクンと心臓が跳ねた――。


 ▼△▼△▼▼



「ミケさんのことで相談て、どうしたの?」


 美月の方から話題を切り出せば、相談者である冬真は一瞬迷いをみせながらも吐露した。


「最近ね、ミケ先生、様子が変なんだ」

「様子が変て?」


 冬真の言葉に首を捻れば、美月を一瞥して続ける。


「ほら、美月さんも知ってるでしょ。ハル先生の新作、またミケ先生が担当することになったの」

「うん」

「だからなんだろうけど、ミケ先生、最近ずっと絵を描き続けてて、部屋からあまり出てこなくなったんだ」

「――――」


 語勢を落として事情を説明した冬真。

 そんな冬真に、美月は晴の懸念を思い出す。


「(お正月の時に倒れそうになった、って聞いたけど……まさか過労じゃ)」


 それほど切羽詰まるほど追い込まれている……とは流石に当事者でない美月には分からなかった。


「今は締め切り間近だから、どうしても描き続けたいとかじゃなくて?」


 一瞬、脳裏に小説家である晴が連想されたが、彼は無計画に見えてしっかりと計画しながら執筆する性格だ。癖でつい暇があれば書いているだけで、今のミケの状況とは少し異なる気がする。


 そんな思案をしていれば、


「それもあるだろうけど、でも、僕が来てからこんなこと一度もなかったから」

「…………」

「分からないんだ。ミケ先生には無茶してほしくない。でも、僕らファンやハル先生の為に少しでもいい絵を描きたいと思ってる手を止めたくもなくて」


 冬真は葛藤しているのだ。

 ミケを止めるべきか、そのまま見守るべきか、そのどちらを選ぶかで。

 どちらも最善と思うからこそ、彼は苦悩している。


「美月さんだったらどうする。ハル先生が、もし今のミケ先生と同じ状況だったら」

「……私は」


 冬真の質問に、美月は逡巡した。


 そうすれば、なるほど確かに冬真が葛藤する気持ちがよく理解できる。美月だってそんな晴を止めたいと思う反面、見守りたいとも思う。


 けれど――、


「私だったら――絶対に止める、かな」

「――――」


 答えれば、冬真が無言のまま目を見開く。

 そんな冬真を見ながら、美月は続けた。


「晴さんが無茶しようとするなら、私は絶対に止める。だってそう約束したから」


 美月にとって、晴はかけがえのない存在だ。この世界でただ一人の、愛すべき夫だ。


 そんな晴が仮に無茶をしようとすれば、美月は煙たがられようが嫌な顔をされようが構わず手を止めさせる――だって、


「私は、晴さんが大切だから。だから無茶して倒れてほしくない」

「――っ」

「晴さんが健康で、毎日元気でいられるなら、私はどんなに嫌われたって無茶する晴さんを止めるよ」


 見守る選択もきっと正しいのだろう。しかし、それは支える事にはならない。


 支えるということは、見守るということではなく健康を管理し、無茶をしないように注意し、倒れないよう監視することなのだ。


 例えそれが相手にとって煩わしいものだとしても、笑顔でいることを望むから。


「――ありがとう」

「答え、でた?」

「うん。おかげで、僕がどうするべきか、少しだけ分かった気がする」


 美月の想いを聞いた冬真は、迷いの晴れたような顔をしていた。

 その顔を見て美月も安堵すれば、彼は小さく笑って、


「流石は人気ラブコメ作家の奥さんだね。説得力が違うや」

「ふふ。そうでしょう。あの執筆病の夫を看病するのすごく大変なんだから」


 冬真の皮肉に便乗すれば、お互い笑いを堪えきれず吹き出す。

 盛大に笑って、目尻に溜まった涙を拭えば、


「――できるかどうか分からない。けど、僕なりに一生懸命頑張るよ」

「うん。頑張ってね」


 曇天の空に向かいながら決意を固める親友を、美月は微笑みながら見守った。



 ―――――――――

【あとがき】

一日空けてついにミケ×冬真編です。果たして二人は付き合うのか。それともこの関係が続くのか――。


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