第331話 『 最近思うんです。晴さんに甘え過ぎだと 』
冬休みも終盤のある日。
「私、最近思うんです。晴さんに甘え過ぎだと」
「同じコタツに入ってるやつが今更何言ってんだ」
みかんを剝きながら一蹴すれば、美月は不服気にむぅ、と頬を膨らませる。
「だから少し自重しようかなと思って言ったんです」
「はは。やめとけやめとけ。どうせ数日で音を上げるのが目に見える」
「それはやってみないと分からないじゃないですか」
「ほほぉ。そこまで言うならやってみるか」
挑戦的な美月に、晴もその気概を買う。
「丁度いい機会だ。俺も少しお前とスキンシップを取るのを自重しよう」
「つまり、先に相手を求めた方が負けと」
「何も勝負する必要はないと思うが……せっかくだし持久戦でもするか」
なんとも不毛な戦いだとは自覚しながらも、美月は意外にも乗り気だった。
「なら勝った方は相手のお願いをなんでも聞く、なんて景品はどうです?」
「それ、勝つ自信があるやつが普通は提案するんだぞ」
「何ですかその言い方。まるで私が負ける前提に聞こえるんですけど?」
「お前のその自信はどこから来るのかさっぱり分からん」
むしろ勝てると思っているのが不思議だった。
記憶を辿っても、美月の方から晴を求めてくる回数が圧倒的に多い。確かに最近は晴も美月に甘えることが増えたが、それでも自重しようと思えばいくらでもできる。
つまり、この勝負の勝敗は、戦わずして決しているのだが……しかし美月は勝つ気満々のようで。
「ふふん。私だって成長してるんですからね。先に音を上げるのが晴さんだと、この機会に証明してあげましょう」
「いいだろう。この勝負受けて立つ」
そんな訳で唐突に始まった夫婦の我慢比べ。
果たして勝敗如何に――。
▼△▼△▼▼
「晴さぁぁぁぁぁぁぁぁん」
「早い早い早い早い」
美月の啖呵から始まった我慢比べだが、勝敗はものの数分で決してしまった。
開始の合図から数分後。早速晴は執筆を、美月は読書を始めた。
図書室を彷彿とさせる静謐な時間に悠々と執筆する晴とは裏腹に、美月は文字に目を向けながらもチラチラと頻繁に晴を覗いていた。
それが気になりながらも執筆を続けること三分分後。カップラーメンが丁度出来上がる時間ほどで、美月が本をぱたん、と閉じると勢いよく抱きついて来て試合は終了した。
「いくらなんでも早すぎるぞお前」
「私だってもう少し我慢できると思ってましたよ⁉ ……でも、晴さんに数日甘えられなくなると思うと急に不安が襲ってきて、我慢出来なかったんです!」
「あれほど私勝ちますけど何か? みたいな顔をしてただろ」
「だって隣に晴さんがいるんですもん! そりゃ甘えたくなりますよ!」
いっそ清々しいほどの逆ギレである。
そして〝甘える〟という行動を自制しようとした反動なのか、抱きつく美月が更に顔を埋めてくる。
「反動が、反動がすごいです」
「全くお前というやつは。これじゃ勝負にならないだろ」
「誰ですか、勝負しようと吹っ掛けたのは」
「お前だお前。さり気なく俺に責任転嫁してくんな」
すとん、と黒髪に手刀を入れれば、「あうっ」と悲鳴が上がる。
「甘えたがりな上に堪え性のなさ。メンタル弱くなったな」
「晴さんが弱くしたんですよ。前はもっと耐久力ありましたもん」
「俺の記憶が正しければ、出会った頃から誉め言葉に弱かったと思うんだが?」
「直球で褒められて照れない人はいませんよ」
貴方だってそうでしょう、と問われれば、晴は「どうだったか」と小首を傾げる。
「貴方は表情筋死んでますからね」
「死んでて悪かったな」
「でもそこも好きです」
物好きなやつ、と苦笑しながら、晴は美月の頭を撫でる。
子猫のように縋ってくる妻に、晴は辟易とした風に嘆息すると、
「それで、勝ったら相手の言うこと何でも聞くんだよな?」
「大敗した私にお願いできるんですか?」
「負けたくせになんで強気なのお前」
兎にも角にも、晴の勝利であることに変わりはない。……まぁ、あまり勝った気はしないが。
「なーに聞いてもらおうかな」
「なんて下衆な顔⁉ ……変なお願いはなしですからね」
「つまり変でなければなんでもいいと」
意地の悪い笑みを浮かべれば、美月は悔し気に奥歯を噛みながらも渋々頷いた。
「じゃ、それは夜のお楽しみということで」
「絶対いかがわしいお願いだ⁉」
「それはどうだろうな」
「その悪代官みたいな顔がもう物語っていますよ。……まぁ、多少のことは聞いてあげましょうかね」
ほんのりと頬を朱に染める美月に、晴は「楽しみにしとけ」と不敵な笑みを浮かべるのだった。
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