第329話 『 まだ孫の顔を見るのは早いわよ? 』


「本当にもう帰るの? 夕飯くらい食べていけばいいのに」

「二人の顔を見に来ただけだし、それに長居されて困るのは美月でしょう?」

「そ、そんなことないし」


 随分と分かりやすい子になって、と苦笑しながら、華はバッグを肩に掛ける。


「そうそう。二人に渡すものがあるのすっかり忘れてたわ」

「「渡すもの?」」


 夫婦揃って首を傾げる様を横目に、華はバッグに手を入れる。


「はい。美月。お年玉」

「いいの?」

「当たり前でしょう。嫁いでも子どもは子ども。アナタはまだ学生なんだし、それにたまには私にも親らしいことさせなさい」

「あはは。それじゃあ、これは有難くもらっておくね」

「うむ。素直でよろしい」


 お年玉袋を手にした娘が「中身がパンパンなのが怖いけど」と呟くのを聞きながら、次に華は美月に渡したものとは形状の異なる封筒を晴に渡した。


「はい。晴くんにもお年玉あげるわ」

「いや俺はいいですよ。成人してますし、お年玉貰うような歳でもないですから」

「そう言わずに受け取って頂戴。大丈夫。中身は晴くんが想像しているようなものとは違うから」

「たった今別の意味でもらうのが怖くなりました」


 中々受け取らない晴に、華はむぅ、と頬を膨らませる。


「私からのお年玉が受け取れないっていうのかしら?」

「い、いえ決してそういう訳じゃ……ええと、あ、有難く受け取らせていただきます」

「よろしい」

「……迫る圧が親子そっくりだ」


 頬を引きつらせる晴が小声で何か言うも、無事に二人にお年玉を渡せてご満悦の華の耳朶には届くことはなく、


「さて、渡すものも渡せたし、そろそろお暇するとしましょうかね」

「またいつでも来てね」

「アナタも、たまには家に帰ってきなさい」


 はーい、と娘は生返事。


「美月の言う通り、またいつでも遊びに来てください。俺も美月も、エクレアも華さんのこと喜んで歓迎するので」

「そうね。ならお言葉に甘えて、また近いうちに遊びに来るわ。その時は泊るつもりで来るから、覚悟しててねっ」

「はは。ご馳走用意して待ってます」

「それ作るの私なんですけどね」

「俺も手伝うから」


 ならいいでしょう、と機嫌良さそうに鼻を鳴らす美月。


 終始睦まじい様を見せつけられながらも、それが不快ではなく心地がいいからつい笑みがこぼれてしまう。


 今度会う時は、この夫婦はどんな風に成長しているのだろうと期待に胸を膨らませながら、


「――それじゃあ、二人とも。元気にやりなさいね」

「うん」

「はい。華さんもお元気で」


 ひらひらと手を振れば、二人も同じように手を振り返す。

 そして振り返り、玄関に手を掛けて――


「そうだ。言い忘れてた。二人とも、まだ・・孫の顔を見るのは早いってことだけは、覚えておいてね?」


 玄関を出る直前、わずかに圧を込めた声音で忠告すれば、夫婦はビクッと肩を震わせながら頬を引きつらせるのだった。


▼△▼△▼▼



「……やはり回数は減らした方がいいか」

「減らすんですか?」

「なんだその減らせるんですかとでもいいたげな顔は」

「別に。ただ、性欲魔人さんは果たして我慢できるのかなー、と思っただけです」

「誰が性欲魔人だ。性欲は人並み……いや人より少し多いか?」

「やっぱあるんじゃないんですか」

「だとしても魔人ではない。つーか、お前こそ我慢できるのか?」

「逆に聞きます。私が、晴さんとするの、我慢できると思いますか?」

「さっき華さんに忠告されたばかりだぞ」

「夫婦の愛し合う時間は、例え親でも邪魔できませんから」

「……はぁ。そうやって強請られて、俺が我慢できるはずないだろ」

「ふふ。晴さんの扱い方は熟知してますからねぇ」

「お前、今夜覚えてろよ?」

「あらあら。早速私を抱いちゃうんですねぇ」

「当たり前だ。俺を煽ったこと後悔させてやるからな」

「ふふ。お手柔らかにお願いします」

「絶対にしてやんねぇ」

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