第327話 『 義母。襲来‼ 』


 ――三日。


「少し落ち着いてはどうですか」

「いや、うん。そうしようと心掛けてはいるんだがな」


 自宅にも関わらず晴が妙にそわそわしているのには理由があった。


 リビングで腕を組みながらその時を待っていると、突然ピンポーン、とインターホンが鳴った。


「来たかな」


 と呟いた美月がモニターに小走りで向かっていく。


「はい」


『あ、その声は美月かしら』

「晴さんじゃなくて残念でした。待ってて、今ロック解除するから」

『はーい』


 モニターから聞こえる声に、晴はより頬を固くする。


 そして数分後。今度は玄関のインターホンが鳴り、晴と美月は足並みを揃えて向かっていく。


「そんなに緊張するものですかねぇ」

「うるさい。相手が相手だぞ。緊張するに決まってる」

「それなりに会ってるじゃないですか」

「この瞬間はいつまで経っても慣れないもんなんだよ」


 緊張する晴をくすくすと笑いながら見届ける美月。


 玄関に着くとすぐには扉を開けず、一拍深く息を吸ってからようやく扉を開けた。


「――お久しぶりです、華さん」

「久しぶりね晴くん! それと美月も、相変わらず元気そうでよかったわ」

「久しぶり、お母さん」


 まだ表情の固い晴に朗らかな笑みを浮かべたのは――美月の母親である華だった。


 今朝、唐突に美月のスマホに華から『今からそっち行くわね!』という趣旨のメールが届いたのだ。


 そしてその数時間後。本当に八雲宅にお義母さんが襲来してしまったという訳だ。


「寒かったですよね。どうぞ上がってください」

「そうね。玄関で立ち話をするのも変だし、早速上がらせてもらうわ」

「急に連絡来たから、何も用意してないけど文句言わないでね」

「言わない言わない。それに、お昼は皆で買い出しに行こうと思って急に連絡したんだし」


 やっぱり、と美月が呆れた風に嘆息する。


 どうやら華は、晴たちと買い物がしたくて突然来ると一報を寄越したそうだ。


 華の思惑に苦笑しながらも、晴は瀬戸親子の背中を見届けながら歩く。


「アナタ。少し見ない間にまたおっぱい大きくなったわねぇ」

「会って最初にする会話が胸ってどういうことなの」

「だって気になったんだもの。Fくらいはあるんじゃない?」

「まぁ、ありますけど」

「胸に栄養がいってるのか。それともぉ……」

「え、栄養が行き届いてるんだよ!」


 ニマニマと邪な笑みを浮かべる華がチラッと見てきて、晴は露骨に視線を逸らす。


「あはぁ。その様子だと、仲良く・・・やってるみたいねぇ」

「いつも美月にお世話になってます」


 たぶん言葉の意味が違うが、あえて知らない振りをして押し通した。

 そんな晴に、華はうふふ、と含みのある笑みを浮かべて、


「美月がお世話されてるんじゃなくて?」

「お母さん⁉」 


 再会早々。晴と美月は母親義母に弄ばれるのだった。


 ▼△▼△▼▼



 ということで急遽来訪した義母こと瀬戸華。今はエクレア(華の圧に負けて仕方がなく)を膝の上に乗せてリラックスしていた。


「ところでなんで急にこっちに来るって言いだしたの? 新年の挨拶なら私たちから行こうとしたのに」

「だってアナタ。冬休みだって言うのに一度も実家に顔見せに来ないんですもの」


 華の言葉に美月がうっと呻く。


「ま、まぁ。私も忙しいし、中々会いに行く暇がなくて……」

「学生のアナタが冬休みなのに親に顔見せる暇もないほど忙しい訳ないでしょ。どうせ晴くんとの一分一秒が恋しくてそっちを優先したんでしょ」

「ひょ、ひょんなことないし」

「図星じゃない」


 流石は母親といったところか。娘の性格を熟知している。

 的を射抜かれて狼狽する美月に苦笑を浮かべながら、


「そうだ。改めて、明けましておめでとうございます、華さん」

「あらやだ。名前じゃなくてお義母さんと呼んで欲しいわ」

「お、お義母さん」


 恥じらいながらそう呼べば、華は満足そうに「よろしい」と頷いた。

 それから華も「明けましておめでとう」と会釈して、


「今年もよろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、今年もよろしくお願いします」

「あと娘のこともよろしくね」

「それはまぁ、どちらかと言えば俺の方が美月に何かと世話になっているので保障はできないですけど」

「ふふ。素直で可愛いわね」


 なんとも情けない返しだが、しかし華は頬に手を添えてたおやかに微笑む。


 それから華は美月に視線を移すと、


「美月も、今年は三年生なんだから、いつまでも新婚気分じゃなくてしっかりと将来考えなさい……と言おうと思ったけど、アナタもう晴くんを支えるって三者面談の時に決意表明してるのよねぇ」

「ちょ、お母さんっ」

「ふふ。あの時はお母さんも先生も感動したわ~。まだ学生なのに真剣な顔をされてあんな事言われたら、もう好きにしなさいとしかいいようがないもの」

「あ、あの時はどうしても私の気持ちをお母さんに知ってほしかったから……」

「聞きたい晴くん? 美月ね……」

「その話は絶対内緒!」


 一体の何の話をしているのだろうか、と小首を傾げる晴。


 三者面談の時に美月が何か言ったのだろうが、その話は晴は知らないので華の邪推な笑みは謎に包まれたままだった。


 小首を傾げる晴を余所に、母親に終始弄ばれる美月は徒労感を表すように深い息を吐くと、


「私のお母さんて、こんなに面倒だったっけ」


 と久しぶりに娘と再会してテンションの上がっている母親に辟易するのだった。

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