第325話 『 まさかハル先生にそれを言われる日がくるとは 』


 ご飯を食べたりゲームをしたりと、それなりに盛り上がったお正月パーティー。


「ふぅ」


 一度トイレ休憩に出ていた晴は、リビングに戻ろうと廊下を歩いていると、こちらに向かってくるミケを捉えた。


 ミケさん、と名前を呼び掛けた直前、


「――――」

「うおっと」


 ゆらゆらと体を揺らすミケ。その足がもつれてよろけ、倒れる寸前で晴はかろうじて彼女の肩を掴んだ。


 はっ、と目を開けたミケは、ようやく晴の存在に気付くと、


「……あれ、ハル先生?」

「大丈夫ですか、ミケさん」

「にゃはは。ちょっとはしゃぎ過ぎたみたいっす」


 体勢を立て直そうとするも、またもよろめくミケ。


「体調悪いなら帰ったほうが……」

「悪いってほどでは。ちょっと眩暈が起きただけなので、すぐ治るっす」


 本人はそう言うも、やはり顔色は良くない。


「ちょっと待っててください」

「――はい?」


 困惑するミケを置いて、晴はリビングへ小走りで向かった。

 そして一分後。またミケの下に戻ってくると、


「美月に言って許可取ってきたので、少し美月の部屋で休みましょうか」

「……いや」

「大丈夫。慎たちには美月が適当に誤魔化しておいてくれるので」


 美月にミケの体調不良を伝えれば、彼女は無言のまま頷いて晴の意図を察してくれた。 


 慎たちへの対応は美月に任せるとして、晴はミケを美月の部屋へと誘導する。


「少し休めばいくらか楽になると思うので、ベッドで休んでください」

「何から何まですいません」


 しゅん、と項垂れるミケに、晴は「気にしないでください」と柔和な笑みをみせる。


 躊躇いつつもミケは美月の部屋へと入り、そしてベッドに横たわった。


「ふぅ。ちょっと楽になったっす」


 深く息を吐くミケ。

 そんなミケはチラッと視線を向けてくると、


「ハル先生。ちょっとだけ傍にいてもらってもいいっすか?」

「えぇ。構いませんよ」


 まるで風邪を引いた子どものように晴を引き留めるミケ。それに、晴は穏やかな声音で応じる。


 けれど、家族でなければ恋人でもない晴には彼女の安寧になることはできなかった。その代わりに、せめて心がわずかにでも和らぐように傍にいる。


 幾許かの静寂の中、ふと晴はミケに問いかけた。


「ミケさん。最近休んでますか?」

「……ちょっと案件が多くて、それであんまし休めてないっす」


 やっぱりか、とミケの体調不良に納得してしまう。


 元々請け負っていた案件に加え、晴の新作のキャラクターデザインと挿絵まで増えたのだ。ミケも業界では既に実力者ベテランであるとはいえ、今の仕事量は明らかにキャパシティーを超えている。


「息抜きはしっかりしてたんすけどね。……でも、ちゃんとした休日というものを取るのをつい忘れてしまったっす」

「俺も美月と会う前は休みなんてろくに取らなかったので、気持ち分かりますよ」


 失態っす、と自嘲するミケに、晴も苦笑を浮かべる。


 しかし、だからこそ今のミケは危険なのだと分かる。疲労というものは心よりも体に蓄積し、圧をかける。心はなんともなくとも、ある日突然体が先に限界を迎えてしまうかもしれない。


 だから、晴はミケに言い聞かせるように懇願する。


「手遅れになる前に、一度しっかりと休息を取ってください」

「まさかハル先生にそれを言われる日が来るとは」

「いま皮肉言う状況じゃないですよ」

「ごめんなさいっす」


 謝るミケに晴は嘆息する。


「金城くんがいるから、体調面に関しては大丈夫だと思ったんですけどね」

「この事、冬真くんには絶対に言わないでください」

「無茶をしないと約束できるなら」


 本来であれば冬真に伝えるべきなのだろうが、そんな風に訴えるような顔をされて懇願されては言える訳がない。


 約束するっす、と強く頷くミケに「分かりました」と顎を引いて、


「無茶をして倒れて、それで誰が悲しむか考えてくださいね」

「……分かったっす」


 晴の言葉に双眸を細めたミケは、一瞬だけ間を空けてから頷いた。


「ただ四条さんには報告しておきますので、絶対無茶はしないように」

「ハル先生のおにぃ」

「鬼でも悪魔でも魔王でもいいです。ミケさんがぶっ倒れたら出版社にも他の企業にも迷惑が掛かるでしょ」

「正論過ぎて胸が痛いっす!」


 正論パンチは効く! と涙を浮かべるミケ。


「全く。アナタという人は、本当に危なっかしい人なんですから」


 そんなミケに、晴はやれやれと肩を落とす。


 このイラストレーターは絵を描くのが好きすぎてアクセルを踏み続けてしまうので、時々晴が様子を見てあげないといけない。


 できればその役目を冬真に引き継ぎたいのだが、それはまだ彼には荷が重い。


 ――言った通りに、ちゃんと休んでくれればいいんだけどな。


 ベッドの上で「絵が描きたくなってきた」と呟くミケにジト目を送りながら、晴は胸裏に不安を募らせるのだった――。




―――――――――

【あとがき】

お正月回もそろそろ終わり、最終章も近づいてまいりました。(まだ何も考えてねぇけどww)

その前に大事な大事な回がございますので、どうぞ読者の皆様はわくわくハラハラしながら更新をお待ちくださいませ。

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