第324話 『 隙あらば惚気るね二人とも 』


 無事に参拝も済ませ、帰る間際に屋台でも見て回ろうかと見当していた最中、


「ねぇ、今から晴の家でパーティーしていい?」

「お前はどうして毎回俺の家をパーティ会場にしたがるんだ。絶対ダメ」


 念押しで強く否定すれば、慎は口を尖らせる。


 家主が許可を出していないのだからさっさと諦めればいいのに、慎は視線を美月へ移すと、


「美月ちゃんはどう? この後予定ある?」

「特にありませんよ」

「なら美月ちゃんの家で正月パーティー開いてもいい?」


 今度は美月に打診をし始める慎。美月はチラッと晴に視線をくれて、悩んでいる素振りをみせた。


 絶対ダメ、と顔をしかめながら美月に断るよう懇願したのだが、


「いいですよ」

「よし決まりねっ」

「はぁぁぁぁぁ」


 美月は晴の意見を無視して許可してしまった。


 詩織たちに晴の家でお正月パーティを開くことを報告に向かった慎を横目にして、晴は美月を睨む。


「俺の意思が伝わらなかったのか」

「伝わってた上で許可を出しました」

「なぜっ」

「いつも慎さんにお世話になってるでしょう。たまにはお礼くらいしないとダメですよ」


 正論を食らってしまい、思わずたじろぐ。


 しかし、だ。


「何の準備もしてないだろ」

「問題ありません。お雑煮かおしるこくらいなら用意できますし、屋台で何品か買って帰れば、豪勢とは言わずともそれなりに形のあるものにはなると思いますよ」


 不足の事態に迅速に対応できるのは素晴らしいが、こうも躊躇いもなく返答されると感心よりも疑心が生じる。


 同じ場所に知り合いが一同に集まることも含めて、やはり晴の知らない所で何かが暗躍していると思うのは流石に考えすぎか。


「……一応聞くが、まさか秘密裏に慎と工作なんかしてないよな?」

「どういう意味ですか?」

「慎と密かに連絡を取り合って、今日初詣と家に来ることを計画してたのかと聞いてるんだ」

「そんなことする訳ないでしょう」

「……本当か?」


 心底理解不能、といった風に小首を傾げる美月。そんな表情を見れば、やはり考えすぎだったかと頭を冷やす。


 そして、晴と美月たちに向かって歩いてくる慎たちは、にこにこと楽しそうに笑みを浮かべていた。


「いやぁ、年始からエクレアちゃんに会えるとはついてるっす」

「ふふ。ミケ先生。エクレアちゃんの事好きですね」

「あの高飛車お嬢様な感じがたまらんっす!」


 ミケと冬真はエクレアとの再会に胸を弾ませ、


「そういえば晴の家ってコタツ買ったんだよね」

「そうなんだ」

「うん。せっかくだし皆でボードゲームでもやろうか。俺が晴の家に内緒で仕込んでおいたものがいくつかあるから」

「……何してるの慎くん」


 家主の知らぬ間にそんなものを仕込んでいた友人にカノジョは呆れていて、


「よし! それじゃあ今から屋台で色々買って晴と美月ちゃんの家に突撃だー!」

「「おおー!」」


 友人の掛け声に、詩織たちが楽しそうに応じる。


 そんな光景を美月は微笑みながら、晴は大仰なため息を吐きながら見届けていた。


「……やっぱり何か陰謀を感じるんだよなぁ」


▼△▼△▼▼



 そんな訳で八雲家で正月パーティーが始まった。


「くあぁぁ。コタツ最高~」

「人ん家のコタツを満喫すな」

「いいじゃん減るもんじゃあるまいし」

「明瞭に減ってるんだよ。俺の入るスペースがないだろ」

「一つ空きあるでしょ」

「美月が入るだろうが」

「さも当然のように奥さんを気遣うとか、なんだよ晴。旦那みたいじゃん」

「事実旦那だっ」


 顔をしかめる晴に、慎はけらけらと笑う。


 ちっ、と舌打ちしながら、晴は美月が用意した全員分の焼き餅ときな粉や醤油が盛られた皿をテーブルに並べていく。


「いやぁ、美味しそうっすねぇ」

「喉に餅詰まらせないでくださいね」

「ハル先生は心配性っすねぇ。そんなヘマしないっすよ。ね、エクレアちゃん?」

「……にゃ」


 ミケの太ももの上で、複雑そうな表情を浮かべながら鳴く我が家の飼い猫。


 あまり人に懐かないエクレアだが、何故かミケの言う事は聞くみたいだ。とは言っても自分から決してミケに近づく訳ではなく、気付けば背後にいたミケに捉えられて抱っこされてしまっているケースが殆どだが。


 今回もミケに捕まってしまったエクレアは、慎の隣に座る詩織とミケに愛でられながら仕方がなさそうにくつろいでいた。


 そんなエクレアに苦笑していると、美月がトレーを持ちながらキッチンから戻ってきた。


「はい、皆さん。おせちもありますので、是非食べていってください」

「これ、もしかして美月ちゃんの手作りっすか⁉」

「練り物以外はそうですね」


 すご、と一同が美月の手腕に感服する。


 だて巻きに筑前煮。数の子の土佐漬け。昆布巻きに海老の煮物と、豊富な品が重箱に詰められていた。


「俺と詩織ちゃんは予約したんだけど、これ手作りってことはかなり時間が掛かるよね?」

「数さえ限定すればさほど時間は掛かりませんよ。前日にほとんど仕込んで、あとは重箱に詰めればいいだけなので」

「だとしても、でしょ。晴はもっと美月ちゃんに感謝した方がいいんじゃない」

「いつも感謝してる」


 と素直に答えれば、隣で美月がふふ、と微笑んだ。


「晴さんの美味しそうに食べる顔を見るのが好きなので、だからつい張り切ってしまうんです」

「お前の作るメシは他を寄せ付けないからな。いつも箸が止まらなくて困る」

「ふふ。いつも美味しそうに食べてくれてありがとうございます」

「隙あらば惚気るね二人とも」


 苦笑する慎に指摘されて、夫婦は揃ってあ、と声を上げる。


 慎たちが居るということは分かっているのだが、ここが自宅なのでつい気が抜けてしまった。


 そんな晴と美月の日常の一旦を垣間見た慎たちは、


「ほほぉ、二人とも。外に限らず家でもそんな感じなんですねぇ」

「幸せそうで羨ましいっすねぇ。まだ何も食べたいのにお腹が膨れてきたっす。とりあえず、ご馳走様ということで」

「ええと、僕は見なかったことにしておきますね」


 詩織はニヤニヤと、ミケはご満悦気に、冬真は照れた風にそっぽを向いた。


 全員の反応と、そしてチラッと美月を見れば、彼女は顔を真っ赤にしていて。


「……晴さんのせいですからね」

「今のどこに俺の責任があるというんだ」

「全部です。全部。……晴さんのばか」


 全ての責任を晴に押し付けてきた美月に、晴はやれやれと肩を落とすのだった。

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