第322話 『 二人とも更にデレデレになってない⁉ 』



 お参りしようと長蛇の列に並ぼうとした直前。晴は意外な人物に出会った。


「やっほー、晴」

「……なんでお前が此処にいる」

「そりゃお参りにしに来たからに決まってるでしょ」


 ジロリと睨めば、そんな晴に茶髪の好青年――浅川慎はケラケラと笑った。


「明けましておめでとう。二人とも」

「あけおめ」

「明けましておめでとうございます」


 ぺこり、と頭を下げた慎に、晴は適当に返し、美月は丁寧に挨拶を返す。


 慎との挨拶が済めば、今度は彼の隣に立っている恋人――詩織に目を移すが、晴は慎の恋人を見て目を丸くした。


 慎の隣に立つ詩織。なんと彼女は私服ではなく、振袖を纏っていた。


「ハル先生も美月ちゃんも明けましておめでとう~」

「明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとうございます。振袖、とてもお似合いですよ」

「でしょでしょ! わざわざ予約して着付けた甲斐があったよ~」


 コスプレイヤーである詩織は、普段は着ない振袖を纏ってどうやらテンションが高くなってるようだった。


 慎が小声で「眼福」と呟いているのが耳朶に届きつつ、


「でも残念。もしかしたら美月ちゃんの振袖も見られるかもって期待してたんだけどなぁ」

「あはは。着付けは時間と手間が掛かるので、今回は見送ることにしました」

「なら来年は一緒に着て来ようよ! それでハル先生メロメロにしちゃえ~」

「そうですね。来年は着てもいいかもしれません。まぁ、晴さんが見たいというならですけど」


 と期待の眼差しを向けてくる美月。


「俺の許可取らずとも好きにすればいい。お前は何着ても似合うんだから」

「振袖を着ている所を一度も見たことがないのにどうしてそう言い切れるんですか?」

「お前は美人だし可愛いからな。似合わない訳がない」


 と率直に賞賛を送れば、美月はしゅぼっと顔を赤くする。


「あ、ありがとうございます」

「せっかくだから振袖の柄は俺が選んでもいいか?」

「ふふ。どうぞ貴方好みの私にしてください」

「まぁ、その時にコタツから出れればの話だがな」

「せっかく好感度が上がったのに、今ので急降下しましたよ」


 照れて呆れて、それでも美月は「言質は取りましたからね」と微笑みを浮かべる。


 そんな甘い空気を放つ夫婦を終始見ていた慎と詩織はというと、


「うわぁぁ。年始からお二人ともお熱いことで。甘すぎて糖分吐きそう」

「しばらく見ない間に、二人とも更にデレデレになってない⁉」 


 仲睦まじい夫婦の一幕を垣間見て、二人は悶絶するのだった。


 ▼△▼△▼▼



 慎と詩織も加わり四人でお参りすることになった――と思いきや、


「あ、ハル先生ー!」

「もはや驚きよりもこの事態を想定していた自分がいることに驚いてるわ」


 なんとなく、あともう一人(正確には二人)遭遇しそうな予感がしたが、まさか本当に的中するとは思いもしなかった。


 はぁ、と嘆息したあと、晴は自分の名前を呼んだ声の方へ視線を移した。


 そして移した視線の先には、やはり見覚えのある顔がこちらに向かって手を振っていた。


「明けましておめでとうございますっす、ハル先生! それと美月ちゃんと詩織ちゃんも!」

「「明けましておめでとうございます」」

「ちょっとミケ先生! 忘れてる! 俺忘れてる!」

「ついでに慎も」

「その嫌々な顔やめて⁉」


 いつも通り慎に辛辣な態度をみせるのは晴の作品のイラストを担当してくれる女性、ミケだった。


 今年も変わらず犬猿の仲の二人を尻目に、晴はミケの隣で頬を引きつらせる少年に柔和な笑みを浮かべる。


「金城くんも、明けましておめでとう」

「あ、はいっ! 明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう冬真くん。今年もよろしくね」

「こちらこそよろしくね、美月さん」


 律儀に頭を下げる冬真に、美月も軽く頭を下げる。


 そんな高校生同士の微笑ましい光景を見届けてから、晴はこの現状にぽつりと呟いた。


「場所はいくらか限定されてるとはいえ、知り合いが同じ日に同じ時間に全員集まってるのは珍しいな」

「だよな。こんな珍しい偶然あるんだな」

「……何か含みのある言い方だな」


 慎をジロリと睨めば、しかし彼は不思議そうに小首を傾げた。


「何がだよ」

「なーんか、俺だけ何も知らされないで秘密裏に今日皆でお参りしようとでも打ち合わせしてた感じがするんだよなぁ」


 慎だけならば偶然で済ませられるかもしれないが、冬を嫌うミケがわざわざ初詣に来るのはどうにも不自然だ。彼女も晴と同じで神様には頼らないタイプの人間。それで言えば今年はミケにも冬真がいるから、彼に誘われてきたのかもしれないが。


 その真意を探ろうとするも、やはり慎は平然とした顔のままで。


「まぁまぁ、細かいことは気にしなくていいじゃないの。せっかく皆集まれた訳なんだしさ。賑わいながら初詣しようよ」


 胡散臭さが拭えないが、慎の言う事は一理ある。

 まだ疑心は晴れないものの、晴は一度それを飲み込むと、


「……年始から騒がしくなりそうだな」


 そんな予感を胸に抱きながら、やれやれと肩を落とすのだった。


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