第321話 『 貴方がそう思ってくれるなら……ま、満足です 』
お正月ということで晴と美月は初詣に赴いていた。
「神社に来るのなんて何年ぶりだろうか」
「面倒くさいから来てなかったんですか?」
晴の呟きを拾った美月が呆れた風に嘆息するが、残念ながら不正解だ。
「神頼みで願いを叶えようってのがあんまし好きじゃなくてな。物事の結果は己の努力で勝ち取ってこそ自信も実力もつくものだろ」
「実力主義者ですね」
「理想は口だけで言っても叶わない。行動に起こしてこそ理想を体現できるもんだ」
「その考えは立派なんですけど、そうなると神社にお参りにしに来た意味がありませんね」
感服と呆れ、両方を顔に表す美月。
そんな美月は「なら」と手を叩くと、
「小説に関するお願い事より、安全祈願を願ってはどうです?」
「そうだな。家族の安全でも……っておい、なんで願い事がさも当然のように小説なんだ」
「自分の普段の行動を振り返ってみてください」
たしかに頭の中はほとんど小説のことしか考えてないけれども。
指摘されてたじろげば、そんな旦那の姿を見て美月はくすくすと笑いながら手を引く。
「さ、頭の中が小説のことしかない執筆ばかさん、はぐれないよう気を付けて、お参りしに行きますよ」
「もう手は繋いでるけどな」
家を出た時からずっと、美月と晴はお互いの手を固く結び合っていた。
去年から美月に習慣化されてしまったので、もはや公衆の面前でも平然としていられるようになった。
これも成長か、となんとなく背中にむず痒さを覚えていると、美月が呟いた。
「晴さん。すっかり人前で手を繋ぐのに慣れましたね」
「外に出れば毎度の如く手繋いでたからな」
「でもこれだけ人が多い所で手を繋ぐのは晴さん嫌かなと思ってました」
美月の言う通り三が日だけあって人は大勢いる。
しかし、
「大勢の中でわざわざ俺たちを見る人なんていないだろ。せいぜい通り過ぎる人がチラッと見るくらいだろ」
「私たち、夫婦だと思われてるでしょうか」
「どうだろうな。見られても睦まじいカップルくらいじゃないか」
晴は二十半ば、美月は十代後半と、互いにまだ若い(美月は特に)ので、おそらく夫婦とは捉えられ難いだろう。
それに髪色も同じなので、見ようによっては親戚か兄妹に見えなくもない。
まぁ、他人の見方なんてどうでもいいや、と晴は一蹴したのだが、隣の奥様は違うようで、
「やっぱりもう少し大人びた感じのコーデにするべきでしたかね」
顎に手を置いて真剣に考え込んでいらっしゃった。
「他人の目なんてどうでもいいだろ」
「晴さんは構わなくても私が気にするんです。私たちは夫婦なんですから、ならば当然、周りに自分たちは夫婦だと思われたいんです」
拗ねる理由がなんとも可愛らしかった。
コホン、と咳払いしてから、
「無理に大人びた感じ出そうとしなくても、お前は年齢の割に色香のある女性だと思うぞ」
「
口を尖らせる美月は、己の三つ編みにした髪を手にしながら問いかけてきた。
言わんとしていることが分からなくもないが、それは美月が周囲にではなく、晴にどう思われたいか考えた上での髪型だ。だから、
「三つ編みのお前は十二分に可愛いぞ。これでもまだ不服か?」
顔を近づければ、美月は頬を朱に染め上げて露骨に視線を逸らす。
「あ、貴方がそう思ってくれるなら……ま、満足です」
「だろ。周囲の視線なんて気にするだけ無駄だ」
「……はい」
コートに顔を隠して、小さく頷く美月。
「なんだ照れてるのか」
「率直に可愛いと言われて照れない方が無理があります」
「慣れたと思ったんだがな」
どうやらまだ不意打ちには弱いようだ。
「今年の願い事は旦那の誉め言葉に耐性がつきますようにとでもすれば?」
「たぶん神様にお願いしても無理です」
「どんだけ俺からの誉め言葉に弱いんだお前は」
やれやれと肩を落とせば、美月は顔を真っ赤にしながら腕をぽこぽこと叩いてきた。
痛くもない攻撃に「いてぇ」と呟きながら、晴は顔を真っ赤にしている妻の手を引きながら歩き始めた。
「私、なんだか日を追うごとに晴さんへの耐性がなくなっている気がします」
「気がするんじゃなくて事実だ」
「むぅ。悔しいです」
「それだけ俺のことが好きだってことだろ?」
「そ、その顔でそう言うのは反則です!」
「はは。やっぱお前を揶揄うのは飽きないなぁ」
「悪魔だ⁉ 神社に悪魔がいる⁉」
「人を悪魔呼ばわりしてんじゃねぇ」
「いはいれす。頬をつままらいでくらはい」
「夫を悪魔呼ばわりした罰だ。神様の代わりに夫が下してやる」
――どうやら今年も、八雲夫婦の仲は良好らしい。
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