第320話 『 私は貴方のペットではなく奥さんなんですよ? 』
一月一日。
「美月。初詣は明日でいいんだよな?」
「はい。一日から動きたくないでしょう?」
よくお分かりで、と頬を引きつらせながら晴は剥いたみかんを食べる。
「ずっと執筆ばかりしているんですから、正月くらいはゆっくりとしましょう」
「てっきり一日から「初詣に行きますよ!」と尻叩かれると思ったんだがな」
「晴さん人混み苦手でしょう。元旦はお参り客ばかりで混むのと容易に想像はつきますから、なら少しでも人の出入りが減っている翌日や明後日の方がいいと思って」
「なんて気の利く妻だ。褒美にこれをやろう」
「どういたしまして。あーん」
どうやら晴のことを慮ってくれたらしい。
新年早々妻の思いやりに胸を打たれ、そのお礼と剥いたみかんを美月の口に放り込んだ。
うまうま、とどこかの旦那の真似をしながら咀嚼する妻に苦笑しつつ、
「ま、元旦くらいゆっくりしたいよな」
「そうですね。chiffonもお正月休みで四日まで開きませんし、私もゆっくりできます」
「おせちも作ってあるんだよな?」
「えぇ。あとはお昼にでも食べるだけです。それとお雑煮ですかね」
「本当になんでもできるなお前は。つくづく感服させられる」
「手の込んだ料理の方が貴方は喜んでくれるでしょう?」
「お前のまごころを感じるからな。その分お礼はきっちりとするぞ」
何して欲しい、と問えば、美月は「ならお風呂上りにでも肩揉みしてください」と要求してきた。
了解、と頷き、
「くあぁぁ、やっぱ正月はぐーたらするに限るな」
「しっかりと休んで、今年も頑張りましょう」
「だな。今日はとことんだらける」
だらけるのだって立派な休息だ。特に、歳を取るとそれを余計に実感する。
自分が徐々におっさんになっていると嫌な実感を抱きながら、晴は太ももに視線を下げた。
「エクレアはいつも通りだな」
「にゃ」
晴のふとももでくつろぐお嬢様は今日も心地よさそうにご主人とコタツの温もりを堪能しておられた。
「コタツに猫にみかん。そして隣に妻……正月の家族風景にはぴったりといったところだな」
「そうですね。こうしてのんびりしていると、いつも足早に去っていく時も穏やかに感じられます」
「その通りだな」
美月の言葉を感慨深く思いながら、晴はまたみかんを口に運ぶ。
「晴さん。私にも、もう一個ください」
「自分の分取ればいいだろ」
「晴さんが剥いたみかんを食べたいんです」
「可愛く言ったつもりだろうが、本当はただ皮を剥くのが面倒なだけだろ」
「ふふ。口では文句言いってるのに、食べさせてくれる優しい旦那さん」
「これがお雑煮分のお代ってことで」
「流石に安すぎます」
そんなに甘くはなかった。
頬を引きつらせながらも、晴はみかんをもう一個美月の口へと運ぶ。
こうしているとなんだか餌付けをしているようで、妙な背徳感が湧いてくる。
「もう一個食うか?」
「なんか乗り気じゃありません?」
「段々楽しくなってきた。餌付けしてるみたい」
「私は貴方のペットではなく奥さんなんですよ?」
「とか言いつつ口開けてんじゃねえか」
「ほら、早く食べさせてください」
呆れながらも付き合ってくれる美月。
そんな妻に苦笑を浮かべながら、晴は妻とまったり正月を過ごしていくのだった。
「新年から甘い時間を過ごせて、私はすごく気分がいいです」
「はぁ。今年は去年よりお前の要求が上がりそうな気がするな」
「気がするんじゃありません。上げていきますよ」
「確定かよ。――ま、お前を甘えさせるのは好きだからいいか」
「貴方のそういう所、大好きですよ」
「……愛いやつめ」
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