第316話 『 これも貴方との冬休みを満喫する為ですから 』


 年末。


 去年なら執筆部屋で原稿を書き進めていた晴も、今年はコタツを買ったのでそちらで執筆していた。


「はい、晴さん」

「おう。サンキュー」


 共にコタツで冬休みの課題をしていた美月は、いつの間にか両手にマグカップを持っていた。そして、その片方が晴の目下に置かれた。


「お茶か」

「カフェオレばっかり飲んでると健康面が心配ですから」


 不服でしたか、と問われて、晴は首を横に振る。


「お茶でも全然構わない」

「本当に貴方は不思議な人ですよね」

「? なんでだ?」


 眉根を寄せれば、美月は「だって」と継いで、


「晴さん若いのに、平然とお茶飲むでしょう」

「他の若い人たちだって茶くらい飲むだろ」

「でも好んで飲んでいる印象はないです。学校の男子もミルクティーとかレモンティー飲んでる印象の方が強いですし。それに、お酒だって全然飲まないじゃないですか」


 むしろ食事の時ははお茶しか飲んでないでしょう、と指摘されて、晴は「そうだな」と頷く。


「メシに一番合うのがお茶だからな。この組み合わせに勝てるものはないと思ってる」


 そもそも、お酒を飲んで余分にお腹を膨らませたくないのかもしれない。


「お前の作るご飯をたらふく食べたいから、お茶にしているのかもしれんな」

「あらあら。嬉しいことを言ってくれますねぇ」


 満更でもなさそうに微笑む美月。

 上機嫌になった彼女は、そのままこの話題を続ける。


「夕飯の時にいつも思ってるんですけど、晴さんは飲むお茶の種類も豊富ですよね」

「基本何でも飲めるからな」 


 緑茶だったり生茶だったり。最近は玄米茶が晴の中の流行で、夕飯で飲むお茶はもっぱらそれだった。


「温かいお茶は美味い。……うま」

「冷えた時期は特に美味しく感じますよね」


 ほぅ、と口から湯気を出す晴に続くように、美月も「美味しい」と白い湯気を口から出す。


「ふふ。お茶が好きなのは健康的でいいです」

「お前の為に長生きしなきゃいけないからな」


 美月と出会う前は過労死しても構わないと思っていたし、なんなら小説を書いて死ねるなら本望だとも思っていた。


 けれど、今は少しでも長く、美月と共に過ごしていたいと思うようになった。


 黄金色に映る自分を見つめながら、ぽつりと呟く。


「……不思議だな」

「何がですか?」

「お前と出会って、まさか自分がこんなにも変わるとは思ってもいなかった」

「それはお互い様ですよ」


 美月が微笑みながらそう言った。


「私だって、まさか結婚してこんなにも人に甘えたがりになるなんて思いもしませんでした」

「好きなだけ甘えろ」

「そういう寛容な所が私をダメにするって知ってました?」

「知らなかった」


 と答えれば、美月は「嘘つき」と指で頬を指してきた。


「私がダメダメになって困るのは晴さんなんですよ?」

「べつに困るなんてことはないだろ。まぁ、たしかにそれで家事を放棄されたら困るが」

「安心してください。貴方を支えるのが私の務めなので、そこは何も問題ありません」

「そこはしっかりしてるんだな。なら何も問題ないだろ」


 ずず、とお茶を飲んで、


「俺を支えてくれるなら、いくらでも甘えてくれて構わない」

「それで執筆できなくってもいいんですか?」

「そ、それは困るな」


 そうでしょう、と美月が悪戯に笑う。


 それから美月は突然立ち上がると、晴の座るコタツに入り込んできて、


「こうして私を甘えさせて、それで執筆できなくなっても知りませんからね?」

「頭を寄りかからせるくらいで執筆に支障はない」

「なら、お言葉に甘えて寄りかからせてもらいましょうかねぇ」

「勉強はどうすんだ」

「もう今日の分は終わってまーす」


 くすくすと笑いながら、美月は晴の肩に頭を乗せてきた。


「冬休みは短いんだから、もう少しやった方がいいんじゃないか」

「もう冬休みの課題は全て終わってますよ」

「早っ。いつの間に終わらせたんだよ」

「一昨日には殆ど終わらせてましたから」

「優秀だなお前」

「ふふん。これも貴方との冬休みを満喫する為ですから」


 そういえば一昨日は冬休みが入ったにも関わらず美月は自部屋で寝ていたなと思い出す。


 一体どれほど自分と一緒にいたいんだと呆れるも、そこまで熱意をみせられては仕方がない。


「ならもう好きにしろ。ただし、俺はご覧の通り仕事があるから、構うこと自体はあまりできないがな」

「小説家にも正月休みくらいあるんじゃないんですか?」

「休んでもいいんだがな。だが書いてないと体が落ち着かないんだよ」


 執筆病、と美月が呆れた風に嘆息。

 それから美月はいつも通りの晴に諦観すると、


「まぁ、私も晴さんの真剣な顔は見てるのは好きですからね。なので、好きなだけ書いていいですよ」


 でも、と継ぎ、


「それが終わったら、私のこと構ってくださいね」

「いいぞ。もう少し書き進めたら、後は好きなだけ甘えさせてやる」

「私の扱いが上手くなりましたねぇ」

「お前に徳を積んでおけば俺にもメリットがあるからな」


 それを最も実感するのは夜で、少し無茶な要求に応えてくれたりする。つまりお互いWINN―WINNということだ。


「最近の夜の美月ちゃんは攻めたことしてくれるのは、日頃甘えさせてるからそのお礼ってことなんだろ?」


 と挑発的な笑みを浮かべながら問えば、美月は顔を赤くして露骨に視線を逸らす。


「あれはその、晴さんがどうしてもというからで……」

「その割には乗り気だと思えるんだが?」

「雰囲気に呑まれてしまっているだけです!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ美月。


 行為中に段々と気分が高揚していくと判断能力が鈍くなるようで、美月はこれまで以上に晴のお願いを聞いてくれるようになった。その上積極的にご奉仕してくれたりもするので、やはり美月を甘やかすのは晴にとって有益でしかなかった。


 なので今後も美月を甘やかしていく方針に変わりはないので、


「今のうちに、俺にして欲しいこと考えておくんだな」

「なんだか手のひらで転がされているみたいで不服です」

「そう簡単に俺に勝てると思うなよ」


 晴はラブコメ作家なのだ。それもただのラブコメ作家ではなく、人気作のラブコメ作家。


 そんな晴から一本取ることの難しさを知っているのは、誰よりも晴に甘やかされている美月だろう。


 それを痛感している美月は、お餅のように頬を膨らませると、


「今年はもう勝てなくとも、来年は私がずっと貴方を篭絡しますからね」

「ふっ。期待しないでおくわ」


 美月に肩を揺さぶられながら、晴は苦笑を浮かべたのだった。

 



―――――――――

【あとがき】

作者のエンジンが掛かるまでもう少しお待ちを。

たぶん来週くらいから更新頻度上がると思います。

今週は無理ww

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