番外編 『 初夢だけどこれは…… 』


「…………」

「……なんだこれ」


 目の前の光景に、ぱちぱちと目を瞬かせる。


 まず、これは夢なんだと瞬時に理解できた。何故なら、眼前の光景に現実ではありえない現象が起きていたからだ。


「……子どもの美月がいる」


 ちょこん、と体躯座りしながら晴を見つめている幼女を見ながら、ぽつりと呟く。


 目の前の幼女と現実の美月を比較すれば、似ている特徴がいくつもあった。


 綺麗な黒髪。日本人離れしたアメジストを彷彿とさせる紫紺の瞳。時折晴を不思議な存在とでも言いたげに観てくる視線――何よりも、瀬戸家に飾られていた幼き頃の美月の写真と瓜二つだった。


「初夢になんてもん見てんだ俺は」


 幼少期の美月が夢に出てきたことも驚きだが、もっと驚愕すべきはこれが夢であると認識しながらも自我があることだった。


「まさか甘えさせ過ぎて本当に幼児退行してしまったのかと思ったが、まぁ夢の中ならなんでもありか」


 そう断言できる根拠が、頬を抓っても痛みを感じないこと。


 こうすると大抵は現実の自分が起きるはずなんだけどな、と小説家としての好奇心を燻ぶられながらも、晴は未だにちょこんと座っている美月と対峙した。


「さてどうするか」


 とりあえず一歩近づこうとした瞬間。先に動き出したのは美月だった。


 たったった、と可愛らしい効果音が鳴るような足取りで晴に近づいてくると、そのまま胡坐をかいている足に座ってきた。


「晴しゃん」


 舌足らずな風で名前を呼ばれた。


 何この可愛い生き物、と悶絶しかけるも寸前で堪える。


 この頃の美月とは出会った記憶がないが、夢の中はなんでもありということなのだろう。〝晴〟の事は〝晴〟だと認識しているようである。


「おーどうした?」


 とりあえず名前を呼ばれたので反応してみれば、しかし美月は指をもじもじさせて黙り込んでしまった。


「俺に何かして欲しいことがあるんじゃないのか?」


 いつもより穏やかな声音で問いかけるも、やはり美月は視線を右往左往させて頬を朱に染めているだけだった。


 どうやら、この頃の美月は今よりも人見知りだったらしい。


 それでも可愛いので、親戚のおじさん気分で美月の頭を撫でた。すると満更でもなさそうに口許を綻ばせた美月に、晴は思わず胸を鷲掴みされてしまった。


「こうしてみると天使だな。大人になったキミは小悪魔だが」


 どちらかと言えば、小さい美月の方が可愛く思える。庇護欲を煽られるからだろうか。違う。決してロリコンではない。


「遊びたいのか?」

「――うん」


 晴の言葉に、美月は紫紺の瞳を見開かせるとこくりと頷いた。


「おままごと、したいです」

「どんな?」

「わたしが晴しゃんのお嫁さんになるの」


 もう既に嫁なんだよなぁ、と頬を引きつらせる。


 晴のことは認識できても、結婚していることまでは覚えていないようだ。


「俺のお嫁さんになってくれるのか?」

「うん。わたし、晴しゃんすき。ケッコン、したい」

「おおぅ。なんだか犯罪に手を染めているようでなんとも複雑な気分だ」

「?」


 およそ五歳児に好きと言われ、結婚まで求められると犯罪臭がすごい。ラノベの主人公たちはこれを体験しているのかと思うと、少しだけ同情した。今度からはもっと気を付けて幼馴染系の話を描こうと胸に誓った。


 この頃の美月はおませだったんだなぁ、と今でも大して変わらない気がするも、晴は「よしおままごとするか」と顎を引いた。


「じゃあ、さっそくわたしに〝きす〟してください」

「それはダメ」

「? 〝ふうふ〟はなかよしだから〝きす〟するってママが言ってたよ?」


 なんてことを教えたんだ華さんは。


 だから美月はキスすることが好きなのか、とその根源に触れた気がして、晴は大きくため息を吐く。


「そういうことは大人になってから、本当に好きな人としなさい」

「わたしのほんとうに〝すき〟なひとは晴しゃんです」

「はは。ありがとう」


 実際結婚もしてしまっているので、ロリ美月の主張を否定はできなかった。


「じゃ、じゃあこうしよう。美月がもっと大きくなって、それでもまだ俺の事が好きだったら、キスをする。それじゃダメか?」

「わたしはずっと晴しゃんがすきです」

「もっと早く出会いたかったと思うような発言ありがとう。そして目が覚めたら覚えてろよ美月」

「? 〝みつき〟はわたしだよ?」

「キミだけどキミじゃないんだよなぁ」

 

 訳が分からない、と疑問符を浮かべる美月に、晴は知らなくていいから、と返す。


 ロリ美月から贈られる一途な愛情は、現実の美月へと還すことにすることとして、


「いいか?」

「むぅ。晴しゃんがそこまで言うなら。でもヤクソクだよ?」

「あぁ、約束だ。その時が来たら、好きなだけ俺にキスしてくれて構わない」

「げんちとりました。ウソついたら、おしりぺんぺんですからね」

「なんて可愛らしい罰だ」


 美月らしい約束の取り付け方だ、と苦笑しながら、晴はあぁ、と頷く。


「それじゃ、おままごとするか」

「はいっ。それじゃあ、晴しゃん。わたしをナデてください」

「なんで?」

「おっとはよめをあまえさせるものとママがいってました」

「……なんとなく、華さんがどんな奥さんだったのか想像できた気がする」


 小さい頃と邂逅して知る、親子の共通点。


 それに苦笑しながら、晴は小さいお嫁さんの言うことを聞くのだった。


 そして翌朝。目が覚めた美月に「お前がロリになった夢を見た」と告げると、彼女は「何寝ぼけたこと言ってるんですか」と心底呆れた風にため息を吐くのだった。



――――――――

【あとがき】

新年あけましておめでとうございます。

今年も本作をよろしくお願いします。そして本編よりちょっと先のお話でした。

瀬戸家の女の遺伝子は果たして次の代にも受け継がれるのか、乞うご期待!


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