第313話 『 メリークリスマス。美月 』
――楽しい時間はあっという間に過ぎて、気付けばイルミネーションが始まる時間になってしまった。
「そろそろだな」
「はい」
特別なライトアップが行われる会場は混雑するのは容易に想像できてので、二人は数十分前から待機していた。おかげで、晴と美月は先頭でライトアップを観られる。
「美月。寒くないか?」
「少しだけ。でも、平気です」
「無理すんな。ほれ、これ着ろ」
手を温める美月に問いかければ。彼女は気丈に振るおうとする。
そんな美月を見かねて、晴はジャケットを脱ぐとそれ震える肩にかけた。
「これで少しはマシだろ」
「ふふ。優しい」
晴の残る温もりを感じるように、美月がきゅっと端を握る。
「晴さんは寒くないですか?」
「めっちゃ寒い」
素直に吐露すれば、美月はあはは、と苦笑。
「私は我慢できると言ったのに」
「お前には無理させたくないからな。俺は男だし、これくらいなら耐えられる」
「私だって、貴方には無理してほしくありません」
「いや、俺はお前が体調崩す方が嫌だ」
「私だって、貴方が風邪をひくのは嫌です」
お互いを思い遣ることを一歩も譲らず、頬を膨らませる。
「――ふ」
「――ふふっ」
それが可笑しくて、つい笑みを堪え切れず吹いてしまった。
「私たち。似た者同士ですよね。相手を気遣い過ぎて、こうしてつい喧嘩してしまう」
「出会った当初はそんなことはなかったけどな。俺はお前と関わることに一歩引いてたし、お前もお前で、俺との距離を窺ってだろ」
好きな物も違う。趣味も違う。周囲への態度も違う――けれど、共に時間を重ねる毎に、少しずつ、好みは似ていって、距離は縮まっていって。
「まだまだ合わないものも多々あるが、それを尊重し合って過ごしていきたいな」
「そうですね。大切にされた分。しっかりと大切にしてあげますよ」
「それだと、お前を大切にしないと離婚する危機があるみたいな言い方だな」
「さぁ。それは貴方の捉え方次第です」
悪戯に笑う妻に、晴は「強かなやつめ」と苦笑。
そして、そんな話をしていると――その時はやってきた。
「――わぁ」
それまで薄暗かった空間が、一気に鮮明な色を溢れさせる世界へと晴と美月を誘っていく。
その光は冬の寒ささえ忘れさせてしまうほどに。優しく、温かく夫婦を迎えてくれた。
「綺麗ですね」
「そうだな。綺麗だ」
「あら。てっきり男の人は、こういうイルミネーションを観てもなんとも思わない人だと思ってました」
ロマンチストなんですね、と笑う美月に、晴はいいや、と首を横に振った。
「お前の言う通りだよ。たぶん、一人でこれを見たらなんの感慨もなかった。そのまま通り過ぎてたはずだ。でも……」
「でも?」
紫紺の瞳が先を促してきて、晴はそれに微笑みを魅せながら答えた。
「美月と今、こうして一緒に観ているから、綺麗だと思える」
「――っ!」
一人では味わえなかった感動。けれどそれは、二人だからこそ、味わえるものがあるのだと、晴は生まれて初めてそれを知った。
揺れる紫紺の瞳は、それから愛しさを灯しながら晴を見つめて、
「えぇ。そうですね。私も、貴方と一緒に観ているから、こんなにも素敵に観えているんだと思います」
ずっと、握り合っていた手が、さらに硬く結ばれていく。
クリスマスなんてものに、これまでは何の興味もなかったけれど。
――けれど、今日この日。この瞬間。
妻の幸せそうな微笑みを見て、初めてクリスマスも悪くないものだと思えた。
「ふふ。晴さん。私に見惚れるのもいいですけど、イルミネーションも楽しんでくださいね」
「分かってるよ」
「今だけは、私よりイルミネーションに見惚れることを許してあげます」
でも、と一拍置くと、
「これが終わったらまた、ずっと私を見ていてくださいね」
「あぁ。これからも、俺はお前だけを見てる。だから――」
「――っ⁉」
周囲の視線が、イルミネーションに釘付けになっていることを願いながら、晴は一瞬だけ美月の唇に己の唇を重ねた。
それはあまりに唐突過ぎて、キスされた美月はやはり驚愕していた。
そんな美月に、晴は微笑を向けると、
「メリークリスマス。美月」
顔を真っ赤にする妻へ、夫からの愛情を伝えたのだった。
「ほ、他の人が見てたらどうするんですかっ」
「見せつけておいてやればいい」
「はぁ。本当に貴方という人は……」
呆れる美月。そんな彼女の口角が満更でもなさそうに上がって、
「今日だけですからね。こんな大胆なことをしていいのは」
桜色の唇に手を当てながら、晴のことを許してくれたのだった。
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