第312話 『 私も負けず劣らず、意外性があるでしょう? 』
「遊園地でコーヒーカップは定番だよな」
「晴さん、三半規管弱いのにこういうの乗って大丈夫なんですか?」
「酔い止め飲んできたし問題ない。それに、せっかく遊園地来たのに乗らなきゃ損だ」
夫婦がまず目につけたのは、遊園地といえばこれ! というコーヒーカップだった。
「空いてるしすぐ乗れるぞ」
「ふふ。なんだかんだで晴さんが一番はしゃいでますね」
「小説家は好奇心旺盛でないといけないんだよ」
「貴方面倒だと言っては遠出避けるじゃないですか」
「実際遠出するくらいだったら小説書いた方が稼げるからな」
守銭奴、と美月がジト目を向けてくるも晴は澄ました顔。
「まぁ、晴さんの言ってることも理解はできますけどね。家でまったりするのは気張らなくて済みますし」
三分ほどの待ち時間の間、二人は益体もない話を楽しむ。
「ふっ。お前の理解を得られたということは、これからは家でまったりする時間が増えるということだな」
「それとこれとは別です。休日は一緒にお出掛けしないと夕飯のおかず減らしますからね」
「鬼嫁めっ」
「これも旦那さんの健康を気遣ってのことなので」
「ただ単にデートしたいだけだろ」
「さぁ、それはどうでしょうか」
悪戯な笑みを浮かべる美月に肩を落としながらも、前の列は順調に減っていく。
そしてすぐに、晴と美月の番がやってきた。
「お次のペアどうぞ~」
「「はーい」」
スタッフに促されて、美月と晴は目の前のコーヒーカップに乗った。
そのまま腰を下ろせば、くるくると回りだすコーヒーカップに晴は「おぉ」と感慨深そうに吐息をこぼした。
「新鮮だ」
「ふふ。楽しいですか?」
「あぁ。意外とこの年でも楽しめるものだな。いや、初めて乗ったというのがそう思わせるのかもしれないが」
ただ緩やかにくるくると回っているだけだというのに、不思議な高揚感があった。
そんな晴を、美月はまるで楽しむ子どもを見守る母親のような眼差しで見つめていた。
「このハンドルでスピード変えられるんだっけ?」
「えぇ。でもいきなりスピード上げないでくださいね?」
ゆっくりですよ、と美月に注意されて、晴は「分かってるよ」と口を尖らせる。
「どこまで速くなるのか、試してみたいなぁ」
「とことんコーヒーカップを楽しんでますね」
美月が若干呆れたような視線を送ってくる。
無論、慎と来てたら絶対こんな姿絶対に見せない。今の自分は子どもみたいだと、そう自覚しているから。
けれど、今日晴の隣にいる相手は、自分の弱さも知っている妻なのだ。
そんな相手に、遠慮や見栄は今更だし、無粋だろう。
「今日は来てよかった」
「まだアトラクション一つしか乗ってないですよ……って速くなってます⁉ 晴さん! いきなりスピード上げないでください!」
「おぉ! 視界がぐるぐるしてくる……うぷ」
「もう酔ってるじゃないですか⁉」
それでもやはり、調子には乗り過ぎないようにと反省したのは、コーヒーカップを乗り終わった後に美月に叱られてしまったからだった。
▼△▼△▼▼
コーヒーカップの後は三つほどアトラクションを乗り終え、現在、二人は時間的には少し遅いが昼食を取ろうとしていた。
「人生でジョットコースターは一回でいい」
「えぇ、楽しかったじゃないですか」
「あれのどこが楽しいんだ。死ぬかと思った」
「しっかり安全基準をクリアしているから設営されているので、事故が起きる可能性は低いですよ」
「何が起こるのか分からないのが人生だろっ」
「貴方高い所苦手ですもんね」
「スカイツリーは一生上らないと決めている」
「なら今度のデートはスカイツリーにしましょうか」
「悪魔かお前はっ」
嫌いだと言っている所に連れていくのはもはや悪鬼の所業だ。そして、それをしているのが嫁だという悪夢。
デパートの三階から下を見ただけでも足が震えるくらいには高い所が苦手な晴。
そんな晴を揶揄うように、美月が悪戯な笑みを浮かべて呟く。
「晴さんのそういう顔は見ているとなんだか胸がぞくぞくしてきますね。もう一回乗らせようかな」
「そんなことしたらもう帰るからな」
「じょ、冗談ですよ~」
ジロリと睨めば、美月は頬を引きつらせる。
旦那に負けず劣らず揶揄い癖のある妻に嘆息しつつ、
「意外なのは、お前が絶叫系平気だということだな」
「そうですか?」
小首を傾げる美月に、晴はこくりと頷く。
「見た目華やかな女は絶叫系の時は「きゃ~怖い」と男に縋るもんだと思ってた」
「偏見凄まじいですね。詩音だって絶叫系楽しんで乗ってるじゃないですか」
「それはその方が意外性があって面白いと思ったからな」
強気な性格と設定して創った【微熱に浮かされるキミと】のメインヒロイン、詩音は、遊園地デート回に恋人である傑を散々絶叫系に乗せて振り回した。
しっかり晴の作品を読んでいる美月に苦笑していれば、彼女は「どうですか」と尋ねてきて、
「私も詩音に負けず劣らず、意外性があるでしょう?」
可愛らしいドヤ顔に、思わず笑ってしまいながら、
「そうだな。お前も俺がこれまで創ってきたメインヒロイン達に負けず劣らず、意外性のある女だ」
ふふん、と自慢げに胸を張る美月。
どこで張り合っているんだと可笑しく思うのと同時に、やはり彼女と一緒にいると毎日飽きないなと感じて。
「メシ食ったら、また色々乗るか」
「はい。もっと二人で、今日を楽しみ尽くしましょう」
晴の言葉に、美月は笑顔を咲かせながら頷く。
イルミネーションが始まるまでは、アトラクションを目一杯遊ぼう。
けれどその前に、腹ごしらえをしよう。
「せっかくだしこの期間限定のを頼もうかな」
「なら私はそれのBセットにします」
「……食べ比べする気満々だな」
「ふふ。あーんしてあげますよ?」
「俺は別に構わんが、それやって顔から火を噴くのはお前だからな?」
「ま、まぁ。これくらい夫婦なら当然れすよっ」
「噛んだってことはやっぱ恥ずかしいんじゃねえか」
既に顔を赤くさせている妻に、旦那はやれやれと肩を落とすのだった。
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