第311話 『 いつかこ――なんでもありません 』


 朝から甘い時間を堪能してから、二人は都内某所にある遊園地に赴いた。


「流石はクリスマスイヴだ。人がうじゃうじゃいやがる」

「言い方」

「事実だろ」


 呆れる美月と手を繋ぎながら、晴は入場門を潜り抜けて広場にいた。


 周囲を見渡せば、家族連れは勿論だがやはりカップルが多く目立つ。おそらく、彼らも晴と美月と同じくクリスマス限定イルミネーションを観に来たのだろう。


「人がたくさんいますけど、今日は楽しめそうですか?」

「どうだろうな。この年で遊園地を楽しむのは少し恥ずかしい気がする」

「そこは気にせず、童心に返って楽しみましょう」

「表情筋死んでる俺が果たして楽しめるだろうか」

「何も笑えとは言ってません。貴方が心の中で楽しんでくれたら、私はそれで満足です」

「本当にいい性格してるな。お前が嫁でよかったわ」

「ふふ。そうでしょう」


 ウィンクする美月に苦笑い。


「今日は文化祭その他諸々頑張ったことへのご褒美だ。遠慮せず目いっぱい遊べ」

「貴方も一緒に楽しむんですよ?」

「分かってるよ」


 ぽん、と頭に手を置けば、美月は嬉しそうにはにかんだ。


「いつも通り。行先は美月が決めてくれていい。というか、今日は決めてくれ」

「分かりました。でも、晴さんも気になったアトラクションがあったら言ってくださいね」

「ん。じゃ、ここで突っ立ってるのも時間が勿体ないし、早速歩き始めるか」

「はい。あ、ちゃんと手は繋いでてくださいね?」

「当たり前だろ。迷子になったら大変だからな。俺が」

「本当に貴方という人は。そういうところは全然頼り甲斐がないんですから」


 お互いしっかり者ではあるが、美月とはぐれたことを想像すると自分の慌てようが目に浮かぶ。


 だから、はぐれないように、離れないように、強く美月の手を握り締めた。


 その手の温もりに、美月は嬉しそうにはにかむのが横目で見えて。


「……可愛さの権化か」

「? 何か言いましたか?」

「お前が可愛いって思った」

「ふふ。今日はたくさん可愛いって言ってくれますね」

「いつも思ってるけどな」

「ま、またそういうことを素面で言う」


 しれっと告げれば、美月は頬を朱に染める。やはり、彼女のコロコロ変わる表情は見ていて一生飽きない。


 眼福だな、と微笑しながら、晴は美月と手を繋いだまま歩き始めていく。


「疲れたら言えよ?」

「はい。こまめに休憩は取りましょう」

「そうだな。パンフレットを見る限りだと、休憩箇所も多く設置されてるみたいだし」

「ふむふむ。昼食も困らなそうですね」

「だな」


 その中には季節限定のメニューもあったりして、今から昼食が楽しみだった。


「そういえば晴さんて、遊園地は一度も来た事がないんですよね?」

「んあ? そうだな。一度も来たことがないな」


 昼食を楽しみにしていると、不意に美月がそんな質問を投げてきた。

 こくりと頷けば、何やら美月はふんっ、と可愛らしく鼻息を吐いて、


「それじゃあ、晴さんが遊園地を満足できるよう、今日は私が率先して引っ張らないとですねっ」

「いや何も美月が張り切るようなことではないと思うが……」

「何言ってるんですか。貴方を楽しませるのは重大なことですよ。もっと先のことを考えて、遊園地は楽しい所だと知ってもらわないと」

「もっと先のこと?」

「えぇ。いつか子ど――なんでもありません」


 何か言いかけて、直前で口を塞いだ美月。


 その頬がやけに赤く見えるのは気のせいかと思いながら、晴はぐっと顔を近づけて、


「こ、が何だって?」

「なんでもないです。いつかコックにでもなった時に遊園地に就職するのもアリかなと言おうとしたんです」

「なんだ。将来の夢は遊園地の料理人か」

「そ、そうです」


 頬を引きつらせながら肯定した美月。

 そんな美月に晴は「ほーん」と生返事をしながら、


「美月が俺を楽しませようと張り切ってくれるのは嬉しいが、だからといってまだそういうことを考えるのは早いと思うけどな」

「……私が言おうとしたこと、気付いているんじゃないですか」

「むしろ何故誤魔化せると思ったんだ」


 顔を赤くする美月にやれやれといった風に肩を落とせば、晴はそんな妻に向かって言った。


「安心しろ。たぶん、もう遊園地ここが楽しい場所っていうのは分かったから」

「――――」


 周囲を見れば、笑顔が溢れんばかりに広がっている。そんな場所が、悲しいはずがない。


「家族で来るのはまたいつか。今は、二人だけの時間を満喫しよう」

「――っ! ……そうですね。今日は、二人でデートする為に遊園地ここへ来たんですもんね」


 そう言えば、美月が微笑みを浮かべる。


 いつかの未来。きっと晴と美月はここに来る。新しい家族とともに。


 けれどその前に、今日は夫婦としての思い出を作る為に、二人は煌びやかな世界に足を踏み入れていくのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る