第310話 『 幸せ過ぎて、死んでしまいそうです 』
それぞれが最高のクリスマスイヴを過ごす、その数時間前。
「支度、できたか」
「はい」
以前から約束していた遊園地デートも遂に当日を迎え、晴は諸々の支度を終えた美月に尋ねる。
こくりと頷いた彼女を見届けて、晴はソファーから立ち上がった。
「ふふ」
「? 何がおかしい?」
突然笑った美月に小首を傾げれば、彼女はふるふると首を横に振った。
「おかしくて笑った訳じゃないんです。今日の晴さん、素敵だなー思って」
「そうか?」
「はい。普段の晴さんもいいですけど、こうして着飾ってくれるとより素敵です」
「髪セットしたのはお前だろ」
動画出演の一件で美月を拗ねさせてしまったことで、今日のデートは気合を入れなければならなくなってしまった。いや、今日はそうでなくとも、いつもより気合は入れなければならないとは思っていたのだが。
「こうしてみると、好青年に見えますね」
「普段がだらしなくて悪かったな」
「大抵黒の洋服しか着ないですもんね」
「黒は無難だしあらゆる環境に適応できる最高の色だぞ」
「それをデートの時にまで持ち込まないでください」
ぴしゃりと美月に叱られてしまってバツが悪くなる。
そんな晴に美月はくすくすと笑いながら、
「でも、今日の晴さんは凄く素敵ですよ」
「ふっ。ありがとな」
微笑む美月に、晴も口許を綻ばせる。
「ま、俺ばかり褒められても需要がどこにあるか分からんし、旦那の評価はこれくらいにして……お前も今日の衣装、似合ってるぞ」
「ふふ。貴方とのクリスマスデート、楽しみにしてましたから」
気合を入れて当然です、と言われると、なんだかむず痒くなる。
それを誤魔化すように、晴は美月の今日の
ベビーピンクのケーブルニット(中には黒のインナー)。ショートパンツに黒のタイツと、十代らしくありながらも大人の色香が漂う衣装だ。左手の薬指には勿論、結婚指輪が填められている。髪型は晴のお気に入りでもあるクラウンハーフアップで、今日の奥様は完璧に仕上げてまいられた。
「俺の妻がファッション好きでよかった」
「何ですか唐突に」
「おかげで、小説の登場人物創る時にどういう衣装にするか悩まずに済むからな」
「むぅ。隙あらば小説のことを考える」
少し拗ねた美月が頬を膨らませる。
そんな美月に苦笑しながら、晴は化粧の施された頬に手を添えると、
「……可愛いぞ」
「――っ」
「今日の美月は、一段と可愛く見える」
胸に湧く感情を照れもなく素直に吐露すれば、美月の顔がしゅぼっと赤くなる。
やがて何かを堪えらなくなったように、美月は頭をぐりぐりと押し付けてきて。
「そ、そんなに可愛い可愛いと言わないでください」
「思ってることを口にしてるだけだが」
「だとしてもです……デートに行く前に、幸せ過ぎて死んでしまいそうです」
悶絶する美月は、蚊の鳴くような声で懇願してきた。
そんな照れる美月が、たまらなく愛しくて思えて。
「ホント、お前はズルイ女だ」
「……むぅ。どこがですか」
「お前の仕草の一つ一つが愛しいと思えてしまう。おかげで、キスしたくなってしまう」
「もう。まだデート始まってもないんですよ」
呆れたように笑う美月に、晴は仕方がないだろ、と口を尖らせる。
「可愛いお前が悪い」
「ふふ。貴方に可愛いと思われるように努力してますから」
「お前は最高の嫁だ」
可愛くて、料理上手で、家事万能で、健気で甘えん坊。
晴を必死に振り向かせようとする姿勢が、こうも愛しいと思える日が来るとは想像もしていなかった。
「デートの前に、一回だけ」
「もう。一回だけですよ?」
「満更でもなさそうだな」
「当たり前でしょう。だって、私も貴方とキスしたかったから」
「ふ。なら一緒だ」
「ふふ。そうですね。一緒です」
夫婦似た者同士。
同じ想いを重ねて、共有して、そして――
「「――ん」」
玄関の扉を開ける前に、二人は込み上がる愛しさを伝えるように口づけを交わしたのだった。
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