第309話 『 ミケサンタからのクリスマスプレゼントっす 』


  慎と詩織に続き、こちらもクリスマスパーティーを楽しんでいた。


「……こ、これは!」

「どうかしましたかミケ先生!」

「確定演出っす! 確定演出っすよ!」


 二人、顔を近づけて画面に食いつく。


「うおっしゃあああああ! 10連で推しゲットじゃあああああ!」

「おめでとうございますミケ先生!」

「奇跡! これはもう奇跡以外の何もないっすよ!」


 歓喜のあまり涙を流すミケに、冬真もぱちぱちと手を叩きながら祝福する。


「やー、やっぱり冬真くんがいる時にガチャ引くと、不思議と運がいい気がするんすよね」

「えー、それってミケ先生が単純に運がいいだけでは?」

「いえいえ。一人で引いてたら絶対10連で当てられてないっすよ」


 自分にそんな運命力があるとは思ったことはないので、冬真はミケの言葉にうまく納得できなかった。


 そんなに自分は運がいいのかと思案して、冬真はミケと同じソシャゲを開いてガチャを引いてみる。


 結果は、


「……爆死」

「にゃはは。まぁ、10連でピックが出る方が難しいっすから」


 それはミケの言う通りなのだが、


「……石があると、まだ引きたくなっちゃいますよね」

「冬真くんストップ! 水着とクリスマスイベントのガチャは闇っすよ⁉ 不用意に引いちゃいけないっす!」

「それは分かってるんですけど……でも! 今回のクリスマスガチャは他のユーザーもぶっ壊れと評価している上にサンタ衣装! 当てなきゃ、絶対後悔します!」

「冬真くんの前で引くんじゃなかった!」

「ここで引かなきゃ、男がすたります!」

「カッコいい! けどやってることはガチャを引くというカッコ悪さ!」

「金城冬真ッ。逝きます!」

「言葉の意味が違う気がするんすけど⁉」


 新春もあるのに⁉ と隣で嘆くミケに見届けられながら、冬真はクリスマスの闇にもう一度足を踏み込んだ。


 さぁ。20連目の結果やいかに。


「……クリスマスなんて大嫌いだ」


 また爆死した。


 最高のクリスマスのはずなのに、なぜいたたまれない空気が漂っているのだろうか。


「ユーザーを弄んで楽しいか運営⁉」

「だから言ったじゃないすか。無闇にイベントガチャは引いちゃいけないって」

「ぐすっ。僕もサンタコスのミカエルちゃん欲しかった」


 まだ石に余裕はあるが、新春も引きたいので悔しいが撤退の道を選ぶことに決めた。


「無課金にこの期間はキツイっすよね。ガチャラッシュが来て」

「課金したいけど、課金したら終わりだと思ってます」


 涙を拭いながら呟けば、ミケが強く背中を叩いてきた。


「キミの考えは間違ってないっす! 人間、一度課金したらもう止められなくなるっすよ。ソースは私!」

「ミケ先生は推しあてる為なら何万でもつぎ込みますもんね」

「推しとは愛でる為にあるっす。金で愛が買えるなら安いもんっす」


 清々しいほどのドヤ顔だが、言ってることはかなりクソ野郎だ。

 そんなミケに苦笑しながらスマホを閉じれば、冬真は沈んだ気を取り直すように手を叩いた。


「そろそろご飯にしましょうか」

「チキンは買ってあるっすか?」

「勿論」


 力強く頷けば、ミケは「肉!」と大はしゃぎ。


 それに今夜の為に美月から教わった特製ビーフシチューも既に仕込み終わっている。その後のケーキも。


 これも全てはミケの喜ぶ顔を拝むため、そう思いながら足を上げようとした瞬間。


「あ、冬真くん。ご飯の前に、キミに渡したいものがあるっす」

「はい? 何ですか渡したいものって」


 ミケの言葉にはてと小首を傾げれば、彼女は一度資料室の方へ消えた。

 数秒後に戻ってきたミケは、両手にフィギュアを抱えながら戻ってきた。


「そ、それは……っ!」


 それを見た途端。冬真の目がカッと見開かれる。


「流石は冬真くん。これが分かるとは相当な私のファンっすね」


 冬真の反応を見て、ミケが嬉しそうに声を弾ませた。

 ミケが今両手で抱えているもの。それは……、


「一昨年発売された律音ミクちゃんのフィギュア! しかもただのフィギュアじゃなく、ミケ先生監修の1000限定メイド服じゃないですか⁉」


 ミケが抱えているフィギュア。それはプレミア中のプレミアの超限定フィギュアだった。


「僕、買おうと思ってパソコンの前で張ってたんですけど、速攻で売れ切れになって買えなかったんです! しかも今はネットで買おうと思っても十万は余裕で超えてますよね⁉」

「そうっす。その1000体の内の一体……いえ、この世界にただ一体っす」

「そ、それはどういうことですか?」


 ごくりと生唾を飲み込んで促せば、ミケはふふふっ、と不気味な笑みを浮かべながら、叫んだ。


「この子は完成された最初の一体! つまり献品っす! その証拠にシリアル番号がない!」

「本当だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 世界に一体のフィギュアを目にして、興奮しないヲタクがどこにいるだろうか。

 その神々しさに無意識に拝んでいれば、ミケは微笑みながら近づいてくる。


「はい。冬真くん」

「――――」


 しゃがんだミケは、まるで冬真に譲るようにフィギュアを前に出してきた。


「……もっと近くで拝んでいいということですか?」

「違います。これは、君へのクリスマスプレゼントっす」

「――ん?」


 躊躇う素振りも、惜しむこともなく世界で唯一のフィギュアを差し出そうとしてくるミケに、冬真は目を瞬かせる。


 そんな硬直する冬真に、ミケは微笑みを浮かべ続けながら、


「どうぞ。私からのクリスマスプレゼントっす」


 二度言われて、冬真はようやく我に返った。そして、全力で首を横に振る。


「いやいや! そんな大切な物貰えないですよ!」

「なんでっすか?」

「なんでって、だってこれ……世界に一つだけしかないんですよね」

「そうっすね」

「なら猶更貰えないですよ! これをもらう資格なんて僕には……」

「気持ちっすよ。気持ち。これは、いつも私を支えてくれる冬真くんに、感謝の印として贈りたいんす」


 そう言って、ミケは困惑する冬真にフィギュアを押し付けてくる。


「資格なら十分あるっす。なので、受け取ってください。キミが貰ってくれたら、私はその方がずっと嬉しいから」


 手放すことよりも、渡せる喜びを。


 そんな想いが込められながら渡されてしまえば、返したくても返せなくなってしまう。


「……本当に、貰っていいんですか」

「はいっす。ミケサンタから、今年頑張ってくれた冬真くんにクリスマスプレゼントっす」


 にゃはは。と屈託なく笑うミケ。その笑みを見つめながら、冬真はフィギュアを優しく、けれど強く抱きしめた。


「ありがとうございます。これは、家宝にさせていただきます」

「そんな大袈裟な、と言いたい所っすけど、ブツがブツだけに言い切れないっすね」


 実際ミケも資料室の奥に大切に保管していたそうだ。

 改めてこのフィギュアの貴重さを噛み締めながら、


「なら僕も、ミケ先生にお渡ししたいものがあります」

「およ? もしかして何かくれるんすか」

「はい。でも、もう既にミケ先生には必要ないものかもしれないので、あまり期待しないで欲しいです」


 そわそわするミケに苦笑しながら言えば、冬真はバッグからミケへのクリスマスプレゼントを取り出した。


 心臓の鼓動が騒がしくなっていくのを感じながら、冬真はミケにそれを渡した。


「ぼ、僕からミケ先生への、クリスマスプレゼント……と言いますかなんと言いますか、そのあれです! 日頃お世話になっているお礼です!」

「は、はぁ……とりあえず、開けてみてもいいっすか?」

「ど、どうぞ」


 リボンが装飾された赤い紙袋を、ミケは子どものようにはしゃぎながら開けていった。


 冬真からミケへのクリスマスプレゼント。それは――、


「これってもしかして……」

「は、はい。今日発売の、バケモンの最新作です」


 冬真のミケへのクリスマスプレゼント。それは〝ゲームソフト〟だった。一本ではなく、セット版の特典付きだ。


「ミケ先生、このシリーズ好きで結構やり込んでるのは知ってたので。もしかしたら予約してるんじゃないかと思ったんですけど……」

「してないっす。ダウンロード版買うつもりで、お店に買いに行く気もなかったので」


 ということは、まだミケはこのソフトを持っていないということだ。

 それに安堵しつつも、依然と緊張は続く。


「あの、ミケ先生?」

「…………」


 ミケはずっと視線をゲームソフトに向けたまま、沈黙している。

 やはりチョイスを失敗したか、と嘆きそうになった刹那だった。


「――ありがとう。冬真くん」


 ぽつりと、そんな感謝の言葉が聞こえた。

 そして、ミケは顔を上げると、わずかに目頭を赤くさせていて。


「大事に、大事に遊ばせてもらうっす」


 本当にこれを贈ることが正解だっただろうかと、ミケに渡すまでずっと不安だった。


 でも、その不安は、ミケのその言葉と笑顔を見た瞬間に吹き飛んで。


「メリークリスマス。ミケ先生」


 やっぱり自分はこの人の隣にいたいと、聖夜の夜に咲く笑みを見て思うのだった。



――――――――――

【あとがき】

2020年にクリスマスガチャを50連して限定(男)だったことは今でもトラウマです。そして新春限定欲しくて100連したら1体しか当たらなかったのは今でも作者の心に強くトラウマとして残ってるからな運営!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る