第307話 『 なら、慎くんがこれを填めて? 』


 24日土曜日。


「メリ~クリスマス!」

「メリクリ~」


 一層テンションの上がっている詩織は、手に持ったクラッカーを鳴らした。


 そんな詩織に続くように慎もクラッカーを鳴らせば、二人のクリスマスイヴが始まる。


「……いやぁ。こんなご馳走が食べられるなんて、私は幸せものですなぁ」

「あはは。たーんとお食べ」

「はーい!」


 垂れた涎を吹きながら、詩織は満面の笑みで頷いた。


 テーブルに並んでいるのは全て慎の手料理だ。オニオンスープにローストチキン、カマンベールチーズを削ったフレンチサラダ、そしてお米好きな詩織の為の特製パエリア。そしてワイン――ではなくビール。


 慎と詩織のクリスマスは、繁忙期に入っている詩織の体調を考慮してお家で祝うことになった。


 さっそくパエリアを口に運んだ詩織は、ん~~っ、と歓喜しながら言った。


「ごめんね慎くん。本当ならデートしてレストランで食事するはずだったのに」

「全然気にしないで。こういう家でカノジョとクリスマスを過ごすのも悪くないしね」

「うぅっ。カレシの優しさが目に染みるよ~。ぷはぁ! ビール最高!」


 豪快にビールを飲み干す詩織に苦笑しつつ、慎も自分で作った料理を食べていく。我ながらに絶品だった。


「正月休みまであと少し! そしたらずっと一緒にいようね慎くん!」

「……俺のカノジョが最高過ぎる件について」


 向けられた天使の笑みに、頬が垂れずにはいられない。


 年上だというのにこの無邪気さが堪らないんだよなぁ、と詩織の可愛さに打ち震えつつ、慎はまたぱくっとパエリアを口に運ぶ。


「それにしても、慎くんは本当に料理上手だよねぇ。男子で料理できるって珍しいし」

「もともと何か作るのは好きだったからね」

「プラモとかもよく作ってるよね」

「うん。まぁ、あれは完全に趣味だけど」


 実はフィギュアより、自分で作ったプラモデルを飾る方が好きな慎。


「あの黙々と何かを作る時間が好きなんだよね」

「わっかる~。ゼロから物を作るって楽しいよね!」


 詩織もコスプレ衣装はハンドメイドなので、慎に深く共感してくれた。こういった趣味を理解してくれるのは率直に言って嬉しかった。


「ねね、今度私もバンプラ作ってみたい!」

「勿論っ! 家に作れなくて置いてあるものがたくさんから、好きなの選んで」

「いいの⁉」

「好きなものを共有してくれるのは嬉しいからね」


 子どものようにはしゃぐ詩織を見つめながら、慎は改めて詩織は素敵な人なんだと思い耽る。


「じゃあ、年末は一緒にアニメ視ながらバンプラ作りだ!」

「その前に詩織ちゃんには冬コミがあるでしょ」

「そうだった! むふふ。やはりヲタクの熱は一生冷めませんなぁ」


 食べ進みながら、詩織は幸せそうに微笑む。いつまで見ていても飽きないその顔を眺めていると、


「そうだ。ご飯食べてる時に渡すのもどうかなー、と思うけど……」


 そういうや否や、詩織は立ち上がると自部屋の方へ消えた。


 どうしたんだろう、と思いながら数十秒ほど待っていれば、詩織は背中に何かを隠しながらリビングに戻ってきた。


「はいっ。慎くん。クリスマスプレゼントだよ!」


 詩織は満面の笑みを咲かせながら、白の紙袋を渡してきた。


 その衝撃に呆気取られたまま受け取ると、慎はプレゼントと詩織を交互に見ながら、


「あ、ありがとう」

「ふふっ。嬉し?」

「当然でしょ。カノジョ……詩織ちゃんからクリスマスプレゼント貰えるってだけで、スゲー喜んでる自分がいる」

「にしし。慎くんが喜んでくれたならよかった」


 ほっと安堵したような息を吐いた詩織は、それから「開けてみて」と促してくる。


 彼女の言う通り早速中身を確認しようと紙袋から取り出せば、丁寧ラッピングされたそれが出てくる。


 ちょっと重い。


「(ゲーム機とかかなぁ)」


 詩織のわくわくしている顔を見ながら、慎は胸中でラッピングの中身を推測する。


 慎も何が入っているんだろうと期待に胸を膨らませながらラッピングを外していけば、慎はその中身に目を剥いた――


「……何これ」

「ふふふっ。慎くんへのクリスマスプレゼントだよ!」

「いや、それは分かるんだけど」


 詩織からのクリスマスプレゼント。

 それは本だった。

 ただ、本は本でも……、


「慎くんへのクリスマスプレゼントは――詩織ちゃオススメ! 初心者でも楽しめるBL5巻セットだよ!」

「なんでよりによってBL本なのさ⁉」


 嬉しいよりも困惑による衝撃に打ちひしがれていれば、詩織は「だって」と前置きしてから経緯を説明した。


「慎くん。既にスマートウォッチは持ってるでしょ。それにゲーム機もソフトも。アクセサリーも困ってなさそうだし。なら他に何がないかなー、って考えてたら、私気づいちゃったんだよ!」

「何を……」

「大抵のものは持っている慎くん。けど、まだBLというジャンルには足を踏み入れていないんじゃないかって!」

「それで、BL本ですか」

「そう! 割と青春系中心にピックアップしたから初心者の慎くんも楽しめると思うよ!」

「プレゼントが斬新過ぎるよ詩織ちゃん」


 一応、詩織と過ごす初めてのクリスマス。そのプレゼントがまさかのBL本とは、チョイスが奇抜だった。


 まぁ、これは色々と持ってしまっている自分にも非があるか、と無理やり納得すれば、慎はぎこちない笑みを浮かべながら「ありがとう」と感謝を伝えた。


「後で読むよ」

「ご飯食べ終わったら早速読んで!」

「……うぃっす」


 逃げ場などなかった。


 実家の部屋の奥に大切に保管しようとしたが、カノジョの羨望の眼差しを向けられれば読むしかない。


 一気に食欲が失せながらも、慎は「それじゃあ」と詩織の死角に隠しておいたそれを取り出す。


「俺からも、詩織ちゃんへクリスマスプレゼント」


 期せずしてクリスマスプレゼント交換会みたいになってしまったが、それでもタイミング的には丁度いいだろう。


 そして、プレゼントを受け取った詩織は唖然としたように目を見開いていた。


「これって、もしかして」

「あはは。箱の形状的に期待させちゃってると思うけど、でもごめん。まだそれじゃないんだ」


 慎が詩織に渡したのは、手のひらに乗るくらいの小箱だった。


 詩織はおそらく、これが婚約指輪だと思ったのだろう。ライトブラウンの瞳が潤むも、けれど慎の否定で双眸を細める。


「とりあえず、開けてみてもいい?」

「うん」


 頷けば、詩織はゆっくりと小箱を開けていく。


「……これって」


 慎の詩織からのクリスマスプレゼント。それは、何の変哲もないシンプルな指輪だった。


 それを見つめる詩織に、慎は詩織の手に触れながら言った。


「今はまだ、これで我慢して欲しい。両家への挨拶とか、同棲とか、俺たちにはまだやるべき事がたくさんあって、それなのに本物を渡す勇気はまだなかったんだ」

「――――」

「でも、俺の詩織ちゃんへの想いは本気だってことは、それだけは伝えたくて、指輪これを選んだ」

「―――――」

「やる事諸々済んだら、必ず本物を渡す。だから、今はこれで、満足して欲しい」


 過程をすっ飛ばして結婚指輪を渡した晴には、自分は到底及ばないのだろう。


 それだけの勇気と覚悟があればと、これを買う時に思った瞬間はある。


 それでも、慎にとって詩織は大切な存在だから、丁寧に一つずつ、乗り越えながら歩んでいきたい。


 だからそれは、その誓いだ。


 プロポーズとは名ばかりだけど、それでも、彼女には誓いを立てたかった。


「受け取ってくれる?」

「――――」


 不安に声を振るわせながら問えば、詩織は顔を下げたまま、何の返答もない。

 やっぱり嫌だったかな、そう思った瞬間だった。


「なら、慎くんがこれを指に填めて」


 ぽつりと、詩織が呟くように言った。

 わずかに息を呑んだあと、慎は静かに頷く。


「うん」


 彼女の手から指輪を取れば、震える指で彼女の左手――ではなく右手の薬指に指輪を填ていく。


 左手に填める時は、必要なことが全部終わった時。


 それまで。詩織には耐えがたい時間を過ごさせてしまうかもしれない。


 それでも――


「ふふ。慎くんからのクリスマスプレゼントだ」


 慎の誓いを具現化したそれを、詩織は大事そうに抱えながら微笑んでくれた。


「ありがとう。慎くん。こんな最高のクリスマスプレゼントをくれて」

「本物じゃなくてごめんね」

「ううん。そんなの気にしない。それに、慎くんが本気で私のことを想ってくれてるんだって、分かるから」

「当たり前だよ。俺は、詩織ちゃんを誰にも渡すつもりはない」

「ふふ。惚れるようなこと言ってくれちゃって」

「何度もでも言うよ。詩織ちゃんが俺に惚れてくれるなら」

「そんなの今更だよ。私はずっと、慎くんに惚れてる」


 胸が温まるという感覚を、慎は初めて知ったかもしれない。


 触れているのは指先だけ。それなのに、詩織から愛情が言葉にならないほど伝わってくる。


「慎くん。大好きだよ」

「俺も、大好きだよ」


 二人。笑い合う。愛情を確かめながら。

 誓いに応えてくれた詩織に改めて感謝しながら、


「さ、ご飯食べようか」

「ふふ。そうだね。せっかくの美味しいご飯が冷めちゃったら勿体ないや」


 慎と詩織。二人のクリスマスはゆったりと過ぎていく。


 詩織の右手に填められた指輪。それは彼女の胸の内を物語らせるように、キラリと光り輝いたのだった。


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