第305話 『 陰キャボッチに最高のクリスマスを 』
「……千鶴ちゃん」
夕方。家のインターホンが鳴って出てみれば、扉の先にはアシスタントの冬真ともう一人、彼の同級生である四季千鶴が立っていた。
「ミケ先生。急に四季さんを呼んじゃってごめんなさい」
ぺこり、と申し訳なさそうに謝る冬真は、でも、と継ぐと、
「四季さんが、ミケ先生とお話したいそうなんです」
ごめんなさい、と千鶴も頭を下げた。
まだ状況がうまく呑み込めていないミケだが、
「わ、分かったっす。……とりあえず、お家に入ってください。外は寒いでしょ……へくちっ」
「「……くしゃみ可愛い」」
今日はずっと暖房の効いた部屋で悠々快適に絵を描いていたので、中と外の気温差についくしゃみが出てしまった。
なんか恥ずかしい感想を言われた気がしながらずず、と鼻をすすれば、ミケは冬真と千鶴を部屋へと促した。
しかし、
「あ、じゃあ冬真は外で待ってて」
「なんで僕だけ部屋に入れないのさ⁉」
家主ではなく千鶴が冬真の入室を拒否して、それに冬真は驚愕する。
「当たり前でしょ。私はミケ先生と二人きりで話がしたいの。冬真は邪魔」
「酷い⁉ 今日は一段と寒いのに、外でなんか待ってたら凍死しちゃうよ!」
「イケるイケる。冬真なら耐えられる」
「どこから来るのその自信は⁉」
「日頃の冬真を見て?」
「日頃の僕を見てこの寒さに耐えられるようなシーンあった⁉」
「ない」
「だよねえ⁉」
なんか学生二人が玄関前で揉め始めた。
「……お二人、やっぱり仲いいんすね」
見れば夫婦漫才にも見える一幕に苦笑しながら呟けば、二人は「友達なので」と口を揃えて返してきた。
……友達。
「とにかく、冬真はこの話し合いには参加しないで。近くのファミレスかコンビニで時間潰してて」
「うぅ、本当に任せちゃっていいの?」
「千鶴お姉ちゃんに任せなさいっ」
トン、と自分より立派な胸を叩く千鶴に、ちょっとだけ嫉妬するミケ。
それはさておき、
「それじゃあ、お願いします」
「うん。今度パフェ奢りね」
「何それ初耳なんですけど。……でも、対価はきちんと払うよ」
「あはは。やっぱ冬真は優しいね」
二人が小声で何かを話して相槌を打った。それを合図に千鶴はミケの部屋へ、冬真はお辞儀して背中を見せた。
一度、深く息を吸って、そした吐いた千鶴は、何か覚悟を決めたような眦をしていて。
「――お邪魔します」
▼△▼△▼▼
「はい。ミルクティーっす」
「あ、ありがとうございますっ」
「いえいえ。粉末のやつをお湯で溶かしただけなので」
千鶴をリビングに招き入れて数分後。ミケは用意したホットミルクティーの入ったマグカップを彼女の前に運んだ。
「ぷはぁ。冷えた体が温まりますぅ」
「にゃはは。こんな日に外に出たら私は死んじゃうっすよ」
暑さだけでなく、寒さにも弱いのがミケだ。だから、今日みたいな一層冷える日は暖房の効いた部屋の中でしか行動しない。
そんなことを言えば千鶴はあはは、と苦笑。それから、湯気の立った息を一つ吐くと、玄関先でみせた眦をミケに向けた。
「その、さっきも言った通り、今日はミケ先生にお話し……というかお願いがあって来たんです」
「……お願い」
千鶴の言葉を復唱すれば、彼女はこくりと頷いた。
それから、千鶴は「単刀直入に言います」と頭を下げると、
「冬真と、一緒にクリスマスを過ごしてあげてください」
「――――」
どんなお願いかと思えば、そんな事だった。
「ええと、どうしてそれを、千鶴ちゃんがお願いするんすか?」
ぽりぽりと頬を掻きながら理由を促せば、千鶴は顔を上げて、
「私のせいですよね」
「……何がっすか」
主語のない言葉。それに、ミケはなんとなく察しながらも、知らない振りをする。
「冬真が言ってたんです。文化祭くらいから、ミケ先生と少し距離があるって」
「そんなことないと思うっすよ。ちゃんと、雇い主とアシスタントの適切な距離っす」
「私が二人を見た時は、それこそ友達みたいに距離が近かったじゃないですか」
「――っ」
千鶴の指摘に、ミケはたじろいだ。
無意識に手に力が入って、何か、胸の奥底に得体のしれない感情が奔流する。それを押し殺すように、奥歯を噛んだ。
「私のせいなんですね。ミケ先生が、冬真と距離を取ってるのって」
「違うっすよ」
吐いた言葉とは裏腹に、胸がざわつく。
「私が冬真に気がある事に気付いて、それでミケ先生は、もしかしたら私と冬真が上手くいくように冬真から距離を取ってるんじゃないんですか」
「そんなこと、ないっす」
彼女の言葉を否定すればするほど、胸がざわつく。
当然だ。
だって彼女の言っていることは全部――事実なのだから。
冬真が千鶴とうまくいくように、ミケは自ら手放したくはないものを、手放してしまったのだから。
なのに。
なのにどうして。
現実というものは、ミケの思った通りに動いてくれないのだろうか。
そんな苛立ちを必死に隠しながら、ミケは取り繕った笑みを浮かべて言う。
「クリスマスは予定があるんすよ」
「冬真がないって言ってました」
「入っちゃったんす。案件が一つ」
「本当ですか?」
「本当っす。納期が早くて。なので、急いで描かないといけなくなったんす」
逃げるように。
彼女の強い眦から背けるように、ミケは胸が痛んで尚、嘘を吐く。
「なら冬真にアシスタントしてもらえばいいと思います」
「クリスマスの日に仕事なんか頼めないっすよ」
「冬真は喜んで受けると思いますよ」
彼が優しいことなど知っている。
そんな彼には、自分よりも、もっと相応しい子がいるはずだから。
例えば、そう――
「冬真くんに寂しいクリスマスを送らせる訳にはいかないので、千鶴ちゃんが予定空いてるなら一緒にいてあげてください」
「無理です――だって、私、冬真に振られてるので」
「――え」
今。
彼女はなんと言った。
千鶴の言葉に瞠目すれば、彼女はもう一度、真っ直ぐにミケを見つめながら言った。
「私、冬真に好きだって、告白したんです」
「……それ、冬真くんは……」
彼がなんて答えたのか。その先を震える声音で促せば、千鶴は儚い微笑を浮かべながら答えた。
「ごめん、て振られました」
「……なんで」
声にもれたのは、無理解を示す疑問だった。
仲がいい友達だったはずだ。
千鶴は素敵な女の子なはずだ。
そんな子から告白されたのに、どうして彼は振ってしまったのかという、無理解。
茫然とするミケに、千鶴は続ける。
「さすがに振った相手とクリスマスを一緒に過ごすのは気まずいだろうし、私も冬真とは遊ばないつもりでもう予定入れちゃいました。と言っても女友達と遊ぶだけですけど」
苦笑いする彼女は、凛然とした眦を向けてきて、
「ミケ先生」
「―――――」
「もっと、ちゃんと冬真のことを見てあげてください」
真っ直ぐな瞳が、そう訴えてくる。
「私はたしかに一回冬真に振られちゃってます。でも、まだ諦めるつもりはないです。冬真が振り向くまで、アピールは続けていきます」
それは、挑戦状のような、あるいは、懇願のような。
「文化祭は譲ってもらったので、クリスマスはミケ先生にお譲りします」
凛然とした眦は、たしかにミケを恋のライバルとして捉えていて――。
「あの陰キャボッチに、最高のクリスマスをあげてください」
目の前に映る可憐な笑みを魅せる少女に、ミケはただ、ただただ、羨望を向けるのだった。
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