第304話 『 あ、死んでる 』
「おはよー……あ、死んでる」
翌日。登校してきた美月が冬真に挨拶すると、そこには意気消沈している屍がいた。
「おはよう可憐。それと陰岸くん」
「おは~。みっちゃん」
「おはようございます、瀬戸さん」
とりあえず冬真はスルーされて、美月はしれっと今朝一緒に登校してきたカップルに挨拶を交わす。
「それで、二人はなんで冬真くんが死んでるのか知ってる?」
「ううん。私と修也が来た時には既に死んでたよぉ」
「一応、理由は聞いたんですけど、「リア充は聖夜に余すことなく滅べ」って呪詛吐かれました」
「また中二病みたいなこと言って」
またって何ですかまたって、と思いつつも、今は言い返す気力もない。
それから嘆息する美月が近づいてくれば、目の前で艶やかな黒髪が揺れた。
「それで、なんでキミは朝から意気消沈してるの?」
「リア充は滅べ」
「いいから理由をいいなさいっ」
「あだだ⁉」
ぼそっと呪詛を吐けば、それに苛立ちを覚えた美月が容赦なく頬を抓ってくる。
「うぅ、姉さんですら今朝は笑わずに僕を気遣ってくれたのに。姉さんより容赦ないって美月さんは僕の何なのさっ」
「ただの友達です」
行動も発言も容赦なかった。
まぁ、友達は事実だから百歩譲るとしても、せめて気遣って欲しいものだ。
そう思いながら、冬真は腰に手を置く美月に視線だけくれた。顔は相変わらず、机に張り付いたままで。
「それで、どうかしたの?」
「別に何もないよ。……はぁぁぁ」
「そんなこの世の終わりみたいなため息を吐いて何もないは無理があるんじゃない?」
「本当に、何もないよ……僕にはね」
「言葉の意味が違った⁉」
だから何があったの、と落ち込む理由を尋ねてくる美月が肩を揺らしてくる。
そんなやり取りをしていると、
「皆おはー……朝から何やってるの?」
大きな欠伸をかきながら教室に入ってきた千鶴が、死んでいる冬真とそれを揺らしている美月を見て疑問符を浮かべた。
「冬真が死んでるのぉ」
「いや生きてるでしょ。……可憐はあれだね。私たちに付き合ってることを教えてから人前で平気でイチャつくようになったね」
「イチャついてない。温もりを堪能してるのさ」
見せびらかすように可憐が修也に抱きついていて、それに千鶴が頬を引きつらせる。ちなみに、その光景は二人が教室に入った時から続いていたので、周囲には目の毒、冬真にとっては妬ましい以外の何もなかった。
ただ可憐にとってはイチャついてるのではなく、ただの寒さ対策だそうだが。
「ま可憐はいいや。で、なんで冬真は死んでるの?」
「……クリスマスなんて無くなればいいのに」
「なんか重症っぽいね」
ボソッと呪詛を吐けば、千鶴が「救急車呼ぶ?」と美月に聞いていた。
そこまで重症ではないが、いっそ頭を打って一週間くらい入院したい気分だった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ。この世の終わりだぁぁぁぁぁぁぁ」
「うおっ。急に嘆きだした」
「だいぶ情緒不安定になってるねぇ」
突然頭を抱えて絶望を吐露すれば、美月と千鶴が頬を引きつらせる。
「ほらほら。冬真くん。何があったかお姉さんに言ってみなさい」
「うぅ。千鶴しゃぁぁぁん」
「おーおう。どーした冬真坊。何がそんなに辛かったんだい」
背中をさすってくれる千鶴に思わず涙がこぼれれば、彼女はお婆ちゃんのような朗らかな笑みを浮かべながら耳を傾けてくれた。
隣で美月が「デレデレしちゃって」と頬を膨らませているのは何故だろうと思いながらも、冬真は千鶴たちにようやく昨日の一件を明かした。
「実はね、僕。昨日ミケ先生に、クリスマスは予定ありますか、って聞いたんだ」
「わお。冬真くん、大胆なことするようになったね」
美月の言う通り、これまで常に一歩退いていた冬真としてはかなり積極的な距離の詰め方だったと思う。
関心している美月を横目に、冬真は続ける。
「そしたらミケ先生は「ない」って言うから、思い切ってそれならお家に行ってもいいですか、って聞いたんだ、勿論、アシスタントするつもりで」
「うんうん。それでそれで」
興味津々といった風に先を促す二人。
この表情から見て概ね結末なんてものは予想できるはずだが、やはり女子は恋の匂いがすると相手の心情など関係なく盛り上がるのだろう。
ならば今から、その幻想を現実で打ち砕いてみせよう!
中二病みたいなことを胸裏で思いながら、冬真は夢見る少女たちに向かって、今でも忘れられない衝撃に震えながら、告げた。
「そしたら、クリスマスは来るな、って言われた」
「「――おおぅ」」
美月と千鶴だけでなく、可憐と修也までもが気まずそうな顔をしていた。それまで人目なんて気にしていなかった二人がスッと体を離したのが、なんか余計に自分が惨めだと感じさせた。
「そ、それはあれじゃないかな! ミケさんがお仕事で忙しいからじゃないかな!」
慌ててフォローする美月。
「だったら仕事が忙しいっていうし、アシスタントお願いしにくるよミケ先生なら」
「……ですよねー」
ミケの事ならたぶん、この中で冬真が一番知っているはずだ。
予定がない、ということはおそらく、仕事の予定も特にないはずだろう。ミケは基本、平日休日関係なく絵を描いているが、24・25日は休日だからなんとなく休みを入れたのだと思う。
ならたしかに、冬真がミケの仕事がない日に行っても意味がない。
行く意味がないということは、必然とクリスマスを過ごせる可能性も潰えている。
「……もう死にたい」
「死んじゃだめ⁉」
ぽろぽろと勝手に涙がこぼれていく。
そもそも、ミケとクリスマスを一緒に過ごせるのでは、と淡い希望を抱くこと自体間違っていたのだ。
「と、冬真くん。元気出しなよ。何もクリスマスは今年だけじゃないんだし、来年もまた誘ってみればいいでしょ」
「どうせ来年も断られるに決まってるよ」
「ネガティブボッチ」
「なんで傷心しているのに追い打ちをかけてくるの⁉」
机を叩いて訴えれば、美月は「ごめんね」と苦笑しながら謝った。
「もう最悪だよぉ。ここ最近、ずっとミケ先生に距離を取られてたのに、来るなって言われたらテスト関係なくアシスタント辞めて、って言われるかもしれないぃ」
「…………」
机に顔を埋めながら悲嘆に暮れていれば、不意にちょんちょん、と誰かが背中を叩いてきた。
「ね、冬真。今、ミケ先生に距離取られてるって言った?」
「……うん」
「それっていつから?」
なぜそんなことを千鶴が知りたがるのだろうか、と思案しつつも、冬真は答えた。
「文化祭辺りから。なんか、ミケ先生があまり話してくれなくなったんだよ」
「…………」
答えれば、千鶴は沈黙した。
それが不思議で、思わず埋めていた顔を上げれば、千鶴は眉間に皺を寄せていて。
「――ねぇ、冬真。今日、ミケ先生に会えない?」
「え?」
「もしかしたら、冬真。ミケ先生と一緒にクリスマス過ごせるかもよ」
どうしてそう言い切れるのか、冬真には心底分からなかったけれど。
けれどまだ望みがあるなら、それに掛けてみたかった。
――――――――
【あとがき】
更新ペースが上がったのではない。更新しなきゃ24日までに晴と美月のデート回が終わらないのだ。そこ突入まであと5話ほどあります。そして、皆様のリクエストに応えて慎としおりんのエチチ回……ありますよ!
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