第303話 『 金城冬真はクリスマスもアシスタントしたい 』
――皆、それぞれが前に進んでいる。
それを実感し、感嘆としている一方で、冬真は焦っていた。
自分だけが一人。前に進んでいないことに。
「み、ミミミケ先生!」
「な、なんすか?」
テストも無事赤点回避したことで、ミケのアシスタントは続けていいと親から許可が出た。
しかし、その安堵に浸る間もないまま、冬真の前には試練が立ちはだかっていた。
それは――、
「く、クククリスマスのご予定はごごございますでしょうひゃっ!」
「冬真くん一旦落ち着いてください⁉ 何言ったか全く聞き取れない!」
緊張のあまり呂律が回らず、その上噛みまくった。
狼狽するミケに「深呼吸っす!」と促されながら深く息を吸って吐けば、わずかに心臓の鼓動は落ち着きを取り戻す。
もう一度深呼吸してから、冬真は再びミケに尋ねる。
「く、クリスマスのご予定はございますでしょうかっ」
「…………」
今度は噛まずに言えたが、その質問にミケは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
不穏な静寂が流れて、もしや予定があるのか! とそんな不安が脳裏に過るも、
「特にないっすよ」
「そ、そうですか」
そう答えたミケに、冬真はほっと安堵の息を吐く。
そんな冬真を尻目に、ミケが突然語り始めた。
「ぼっちにとってクリスマスなんてものはただの平日っすよ。クリスマスは恋人や家族がいる人にとっては至福のイベントかもしれないっすけど、私みたいな絵ばっか書いてる引きこもりには無縁なイベントっす。リア充滅べ」
「あはは。その気持ちよく分かります。僕も、去年は「アンタ高校生になってもカノジョいないとかクソダサww」と姉さんに笑われながらソシャゲのクリスマスガチを引いてましたから」
「私もっす。ちなみに、去年それで5万飛びました」
でも後悔はしてない! と涙を浮かべながら胸を張るミケ。
そんなミケに苦笑しながら、冬真は話を続ける。
「えっと……ということはつまり、今年はミケさん、どこにも行く予定がないってことでいいですか?」
「……死体蹴りしないでくださいっす」
「あああいえ違くて! ほらっ、予定があるのに家にお邪魔しても迷惑かなと思って」
もし、万が一ミケにカレシがいるならば、冬真はただの邪魔者でしかない。ミケにカレスがいる、という想像をしただけで一瞬天国に逝きかけたが。
しかし天使が見える寸前で冬真は我に返ると、何故かげんなりとしているミケに意識を注いだ。
「予定があるなら事前に連絡してるっすよ」
「そ、そうですよね」
「ははっ。今年も一人っす」
お通夜みたいな空気が漂うも、ミケはかぶりを振って、
「冬真くんこそ、クリスマス予定はないんすか?」
「ないです!」
「なんでそんなに食い気味に答えられるんすか。ぶっちゃけ、今のは聞かれてげんなりするところだと思うんすけど」
屹然とした眦で答えれば、なぜかミケは頬をひきつらせていた。はて。
「僕も今年は……いえ。今年もぼっち確定です!」
「だからなんでそんなに嬉しそうに答えるんすか⁉ 傍から見れば引くレベルで今の冬真くんおかしいっすよ⁉」
「おかしくてもいいです! ミケさんも一人らしいので!」
「あれ? もしかして冬真くんに喧嘩売られてます?」
少し興奮し過ぎてしまって、ミケの頬が引きつっていることに気付けば、冬真は慌てて土下座する。
「すすすいません! 今のは失言です!」
「いや事実だからいいっすけど。……でも、なんでさっきから嬉しそうなんすか?」
怪訝な顔をするミケに問われて、冬真は顔を上げると気まずそうに視線を逸らした。
「その、嬉しいというより、安心したといいますか……」
「何を?」
小首を傾げるミケ。
そんなミケを横目に、冬真は緊張で昂鳴る鼓動を必死に落ち着かせる。
――言え。言うんだ。僕。
元々、ダメ元で聞くつもりだった。
先の会話でわずかに希望が持てたけれど、やはりミケが頷いてくれるとは思わない。
それでも。ここで聞かないと、言わないと、冬真は前に進めないから。
だから。
「み、ミケ先生」
「はい?」
「その、クリスマス……よろしければ、その日も家に来てもいいでしょうか」
「――――」
緊張と、不安で震えた声。
けれどしっかりと言い切れば、ミケは無言のまま目を見開く。
「……家に来るって、あれっすか。アシスタントしに来るってことっすか?」
「は、はい。でも、少しだけ、ミケ先生にもクリスマスの雰囲気は味わって欲しいので、ピザとかチキンとか……ケーキとか用意しようと思ってます」
それはアシスタント業務にみせかけた、クリスマスにミケと一緒にいる為の口実だった。
一緒に遊ぶことはおこがましいし、デートなんてものは猶更だ。
冬真にはまだ、ミケと対等になれるような資格はない。だから、せめてアシスタントとして、彼女と一緒にクリスマスを過ごしたかった。
「べ、べつにクリスマスまで私のアシスタントはしなくていいんすよ。冬真くんには、予定があるんじゃないんすか?」
「? ……予定なんてありませんけど」
「――え」
ミケの問いかけにぎこちなく答えれば、何故か彼女は動揺の色を濃くする。
「その、カノジョとか……」
「あはは。いる訳ないじゃないですか。今年も、僕はぼっちです!」
「なっ――いえ、何でもないっす」
何か言いかけて、けれど直前でそれを飲み込んだミケは、何故か悲壮な顔をしていて。
「なら、友達は?」
「美月さんはハル先生がいますし、裏切り者……じゃなかった。修也くんはカノジョができたのでそっちを優先すると思います」
「――千鶴ちゃんは?」
唯一、特定の人物の名前を挙げたミケに冬真は一瞬困惑するも、一拍置いてから答える。
「四季さんならたぶん、友達と遊ぶんじゃないんですかね」
彼女には美月や可憐以外にも仲のいい友達ならたくさんいるはずだ。心配は杞憂だと思うし、何より告白を振ってしまった相手に「予定どう?」と聞くのは気が引ける。
おそらく千鶴も同じ心境だろうから、クリスマスの話題はお互いなんとなく避けていた。
だからそう答えれば、ミケはやはり何か言いかけて飲み込む素振りをみせる。
「……なんで、千鶴ちゃんを選ばないんすか」
「? 何か言いましたか、ミケ先生?」
小声でミケが何か言ったような気がするも、うまく聞こえなかった。
もう一度聞こうとすれば、しかしミケは沈黙してしまった。
どうしたんだろう、眉根を寄せている冬真に、ミケは下げていた顔を上げると――
「冬真くん。クリスマスは、私のことは気にせず休んでください」
「――ぇ」
「そんな日までアシスタントなんかしなくていいっす。なので、その日は友達とぱあっと遊んできてくださいっす」
雇い主からの休暇要請。
それは迂遠な言い回しで、要約すれば『クリスマスは来んな』と言われた。
つもり、だ。冬真の勇気を出した提案は、無残にも却下されたということだ。
「(――終わった)」
そんな訳で冬真の『ミケ先生と甘いクリスマスを過ごしたい』という希望は、ミケの手によって儚く砕け散ったのだった。
――次回。冬真死す!
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