第302話 『 これからもよろしくお願いしますね。旦那さん 』


 ――千鶴と可憐に秘密を打ち明けた、その夜。


「言ってしまいましたね」

「だな」


 コタツの温もりと晴の温もりを感じながらぽつりと呟けば、彼は淡泊に返した。


「晴さんは、やっぱり嫌でしたか?」

「お前の決めたことに文句なんてない。お前が友達に打ち明けるって決めたから、俺もそれに応えた。それだけだ」


 晴はそう言うけれど、それだけで頭を下げるなんて真似は他人ならばしないはずだ。きっと、誤魔化す選択を取ると思う。


 それでも晴は、美月の想いに真っ直ぐに向き合い、尊重してくれた。それが、美月にとっては嬉しくて。


「ありがとうございます。晴さん」

「礼を言われることは何も。俺に言うくらいなら、友達にもう一度伝えてやれ」

「はい。伝えます。でも、それと同じくらい、貴方にだって感謝してるんです」


 その想いを伝えるように、美月は晴の手を握る。大きくて、逞しくて、愛しい手の温もりを感じる。


「ま、打ち明けたことで、学校にいる時も少しくらいは気楽になったんじゃないか」

「そうですね。ちょっとだけ。千鶴と可憐の前でこれ以上晴さんのことをカレシと言わなくて済むのは楽かもしれません」


 二人も今後は、晴のことをカレシではなく旦那と認識を改めるはずだ。ただ、あまり大きな声で言うのは注意してもらわねばならないが。


「これで、周囲の人間には俺たちの関係が露呈してしまった訳だ」

「ふふ。これで堂々と一緒にいられますね」

「露呈する以前から手繋いだりしてるだろ」

「それまで以上に、もっと一緒にいられるということです」

「相変らず甘えん坊なこって」

「貴方がそうさせたんですよ」

「責任取れってか?」

「はい。責任、取ってください」


 紫紺の瞳を揺らしながら言えば、晴はやれやれと嘆息。


「責任は取る。だから、これからもずっと俺の傍にいろ」

「はい。これからもずっと、貴方を傍で支えていきます」

「ふっ。ありがとうな」


 感謝の後、唇がそっと触れてくる。


「――ん。ふふ。晴さん。本当にキスするの好きですね」

「お前が可愛くてついな」

「出会った頃の晴さんは全然キスする素振りすら見せなかったのに」

「あの時はお前がまだ妻だっていう認識が曖昧だったからな。でも、今は違う」


 ぎゅっ、と晴が後ろから抱きしめてくる。


「美月はもう、俺の妻だ。俺を支えてくれる、ただ一人のかけがえのない存在だ」

「それなら私も同じです。晴さんは、私のただ一人のかけがえのない人です」


 運命の神様がいるなら、この出会いをくれたことに感謝したい。


 始まりは歪であれど、晴と出会って美月の世界は変わったから。


 彼と過ごしたかけがえのない日々は、いつまでも色褪せない思い出だと、そう思えるから。


「なぁ、美月」

「何ですか」

「結婚してくれてありがとな」

「こちらこそ、ありがとうございます」

「夫としてはまだ頼りないばかりだが、お前を幸せにする努力を続けることは誓える」

「そんなの今更ですよ。貴方はもう、十分私を幸せにしてくれています」


 手に伝わる、たしかな温もり。その温もりが、幸せである何よりの証明。


「ならもっと、俺はお前に幸せにするよ」

「ふふ。そしたら私は、幸せし過ぎて死んでしまうかもしれませんねぇ?」

「死ぬな。お前は婆さんになっても俺の傍に居ろ」

「長生き、してくれますか?」

「その為にお前がいるんだろ」


 晴の言葉に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「そうですね。貴方の健康管理は、妻である私の務めですね」

「あぁ。お前が俺を健康にして、長生きさせて、そして、死ぬまで隣にいてくれ」


 そんなの、美月だって同じ気持ちだ。

 だから、


「お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、ずっと隣にいてください。貴方がいれば、きっとどんな辛い時間も乗り越えていけるから」

「そうだな。夫婦なら、美月となら、なんだって乗り越えられそうだ」


 そうして美月と晴。夫婦の胸には、また一つ強い絆が結ばれた。


「これからもよろしくお願いしますね。旦那さん」

「俺のほうこそよろしくな、奥さん」

「ふふ。奥さんですか。いい響きです」

「もっと言ってやろうか?」

「はい。もっと……できるだけ耳元で囁くようにお願いします」

「やれやれ。注文が多い奥さんなこって」


 ため息を吐いた晴は、それから注文の多い奥さんのリクエストにしっかり応えてくれたのだった。

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