番外編 『 八雲家とコタツ 』


 これはテスト期間中のお話。


「ただいま……って何ですかこれ」


 帰宅の報告と同時に呆気取られたように呟いた美月に、晴は「おかえり」と淡泊に返しながら答えた。


「コタツ」


 ですよね、とぎこちなく頷きながら、美月は丁度組み立て終わったコタツに寄ってくる。


「組み立て終えたところだから、まだ中は温まってないぞ」

「手も洗ってないし着替えてもないので入る気はありませんよ」


 そう言う美月は興味津々……というよりかは、不思議そうにコタツを見つめていた。


「このお家にコタツなんてありましたか?」

「ない。だから買った」


 淡泊に答えれば、美月は「また唐突に」と呆れた風に嘆息。


「一応、買った経緯を聞いてもいいですか」

「お前が疑問に思うのも無理はないな。リビングにはエアコンあるし、俺も今まではそれだけで冬を過ごしてたから」

「なら何故購入したんです?」


 そう言えば美月はさらに怪訝な顔をする。けれど、まだ晴の言い分には続きがある。


「……ただ、今年はお前がいるし、エクレアもいるからな。あった方がより家族らしいかなと思って買った」

「ふふ。そういうことですか」


 コタツを購入した経緯を明かせば、美月は嬉しそうに微笑んだ。


「そうですね。たしかにコタツはエクレアが好きそうです」

「現に興味津々みたいだな」


 晴が準備している時からずっとそわそわしていたエクレアが、晴がコタツに入ったのを合図にのこのこと寄ってくる。


 猫にコタツ。なかなかに風情だなと思いながら、晴は少しずつ温まっていくコタツに深い息を吐く。


「やはりコタツは日本の宝だな。今まで買わなかったことを後悔している」

「そんなにですか?」

「あぁ。これから冬の間は、コタツに入って執筆する機会が増えそうだ」


 少しずつコタツの中が温まっていくのを感じれば、晴はほぅ、と深い息を吐く。そして、晴と同じようにエクレアも「にゃぁ」と心地よさそうに鳴いた。


「エクレアも気持ちよさそうですね」

「あぁ。エクレアが喜んでくれたなら買ってよかった」

「もしかして、エクレアの為に買った訳じゃありませんよね?」

「んな訳あるか。俺も温む為に買ったんだ。これからまた寒くなる。あって損はないだろ?」


 そう問いかければ、美月は何やら不服気な顔。


「それでコタツから抜け出せなくなって、お出掛けする時に渋る、なんて止めてくださいね」


 たしかに起こりそうな可能性に、晴は思わず失笑。


「安心しろ。その区別はつける。お前の機嫌を損ねるのは俺にとってメリットはないからな」


 そう言えば、美月は「分かればよろしい」と満足げに微笑む。

 そんな美月に晴は微笑を浮かべながら「ほれ」と手を振って促した。


「お前もさっさと手洗って、着替えてこの温もりに浸かれ。ホットレモンティー用意しておいてやるから」

「あら優しい」

「テスト期間中だろ。労いのつもり、という訳でもないが、俺も温かい飲み物が飲みたいからな」


 要はついでだ。


「分かったら早く着替えてこい」

「ふふ。素直じゃない人」

「十分素直だ」

「照れなくていいのに」

「照れない」

「嘘。照れてる」

「照れてないって言ってるだろ。あんまりしつこいと用意しないからな?」

「じょ、冗談ですよ。え、あの、本当に用意してくれるんですよね?」

「気が変わってしまったなぁ。どうしよっかなー」

「あああ⁉ 揶揄ったの謝りますから! だから晴さんが用意してくれたレモンティー飲みたいです!」


 涙目になって腕にしがみついてくる美月に、晴は苦笑すると、


「あんまり俺を揶揄うと、痛い目みるからな?」


 その白い額に、軽くデコピンを入れれば、あうっ、と可愛い悲鳴が上がって、


「むぅぅ。晴さんのイジワル」


 と拗ねた風に頬を膨らませるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る