第294話 『 ……ベッド、行きましょう 』


 それから一週間後。


 美月の期末テストも終わり、二学期の登校も残すところ一週間となった、そんな土曜日の夜。


「……なんで不機嫌なの?」

「べつに不機嫌じゃありませんけど」


 読書しているところに美月が突然抱き着いてきて早数分。ずっと黙り込んでいた美月に流石に気になって尋ねてみれば、やはり拗ねたような声が返ってきた。


 困惑していると、美月が頭をぐりぐりと押し付けてくる。


「やっぱり。私の恐れていた事態になってしまいました」

「? どういう事だ?」


 無理解を示すように首を捻れば、美月がジト目を向けてきて、


「動画。見ました」

「あー」


 動画、とは晴が一週間前に出版社で撮影したもののことだろう。本日の午後17時に投稿されることは知っていたので、出演者である晴も当然既に視聴済みだ。


それで美月の不機嫌な事と何が繋がっているのかと思案すれば、彼女は口を尖らせながら訪ねてきた。


「コメント欄、ちゃんと見ましたか?」

「一応」


 淡泊に答えれば、美月はぷくぅ、と頬を膨らませる。


「『ハル先生イケメン!』とか、『やば惚れそうww』とか『対応が紳士すぎる』とか、貴方に関するコメントがたくさん書かれていていました」


 なんとなく、美月が不機嫌な理由が分かった気がする。


「……私以外の女の人に、あんなに紳士な対応してたんですね」

「いや、それはだな……」


 美月の指摘は、おそらく雫に自分のコントローラを渡しているシーンだろう。せっかくなら一緒にゲームしましょう、と誘ったことは覚えている。あそこはてっきりカットされているものばかり思っていたが、まさか使われていたとは思わなかった。


「女性のファンが付きそうで良かったですね」


 やはり、美月の嫉妬はそれだった。


「このコメント書いてるのはべつに女性じゃなくて男かもしれないだろ」

「いえ。女の勘が言っています。このコメントは全部、女性のものだと」


 さすがにそれはない。

 頬を引きつらせつつも、晴は必死に美月の機嫌を直すべく奔走する。


「女性にしろ男性にしろ、ファンが付くのはいいことだ。それに、慎に対するコメントだってたくさん来てるだろ」

「慎さんは今関係ありません」

「あの役立たずめ」


 美月の気を逸らすのに慎は微塵も使えなかった。


「晴さんが他の女性にも紳士なのは知ってます。カッコいいことも。それを他の人に知られるのは嬉しいですけど、でもそれと同時に、複雑でもあるんです」

「はい」

「私、今すごくもやもやしています」


 胸に寄りかかりながら、己の嫉妬を吐露する美月。

 そんな美月に、晴は頭を撫でながら言う。


「そんな気にしなくていいだろ。いつも言っているように、俺の妻はお前だけだ。愛してるのはお前だけだ」

「知ってます。貴方を支えられるのは私だけですし、世界中で誰よりも貴方のことが好きですから」


 なら心配する必要なんてないだろ、と思えば、美月はゆっくり顔を上げると、


「貴方にこんなことができるのは、私だけですもん」

「――んっ」


 嫉妬に膨れ上がった顔が近づけば、まるで誰にも渡さないとでも言うように強引に唇を奪ってきた。


「んぅ。んむ。はぁむ」


 積極的に舌を絡めてきて、晴の口内に熱い吐息を注いでくる。いつもなら閉じている紫紺の瞳が開かれていて、それがまるで獲物を捉えて逃がさない蛇のようだった。


 ようやく桜色の唇が離れれば、ほぅ、と深い吐息がこぼれた。


「こんな程度で嫉妬したらキリがないって分かってるんです。でも、やっぱり抑えきれない。だから……」

「……美月っ」


 潤んだ瞳がジッと見つめてきて、そしてまた、晴の唇を奪ってくる。いつになく積極的な美月に怖気すら覚えながら、晴は深いキスを味わう。


「おい、一旦落ち着け」

「落ち着いてます」

「嘘吐け」

「嘘じゃありません。ちゃんと理性は保っていますよ」

「絶対保ってないだろ――んっ」


 三度目のキス。それに、今度はさらに長い。


 満足に息継ぎが出来ず、無理やりに華奢な肩を掴んで離せば、潤んだ紫紺の瞳がジッと晴を見つめてくる。


「はぁはぁ……貴方は、私の旦那さんなんですよ」

「知ってるよ」

「なら、分かってますよね」


 荒く息を繰り返しながら、美月は主語もなく問いかけてくる。

 それに答える間も与えず、


「ねぇ、晴さん」


 すらりと伸びた細い指が、心臓に添えられると、


「ベッド、行きましょう」


 高揚した頬は、自分からそう誘ったのだった。


 ―――――――

【あとがき】

ここで更新は明日という焦らしプレイ。

という訳で明日はエチチ回です。しかもぉぉ?

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