第293話 『 頑張った貴方へ、私からのご褒美ですよ 』


 撮影と嬉しい報告を受けた後。


「ただいま帰りました」

「おう。お帰り」


 リビングで少し執筆していると、美月が晴の帰宅より二時間ほど遅く帰ってきた。


「お風呂、先に入ったんですね」

「? なんで分かった?」


 ジッと見つめてくる美月が何やら残念そうにため息をこぼして、晴は眉根を寄せる。


 たしかに朝と服は変わっているが、それでもお風呂に入っているかどうかの区別は難しいはずだ。髪の毛を乾かしていないならまだしも、帰宅してすぐにシャワーを浴びたから完全に乾いているはずだ。


 だから不思議に思っていれば、美月は唐突にぽちぽちとスマホを操作し始めた。そして、無言のまま晴にスマホを突き出してきて、


「お洒落した晴さんを見られると思って早く帰ってきたのに」

「あいつめ。いつの間に盗撮してやがった」


 美月が突き出してきたのは、撮影の為に慎が晴の髪をセットした時の写真だった。晴が送った記憶はないので、送り主は慎以外いないだろう。


 盗撮魔はあとで懲らしめることが確定しつつ、


「悪かったな。普段は疎かデートの時にもお洒落しない男で」

「それは慣れてしまったので今更です。晴さんが髪をセットできないのも知ってますし」

「お前の髪ならいじれるんだけどな」


 美月の髪はつい触りたくなってしまうので、いつの間にか三つ編みができるようになってしまったのだ。とは言ってもやはり、美月の方がより綺麗に自分の髪をセットアップできるが。


「私のことは今はどうでもいいんです」

「うおっ。なんで抱きつく」

「お洒落した晴さん。生で見たかったです」


 どうやら拗ねているらしい。


 果たして自分にそれほどの需要はあるのかと疑問に思いながら、晴は拗ねてしまった奥さんの機嫌を取り直す。


「悪かったよ。今度見せてやるから、それで機嫌直してくれ」

「本当ですか」

「嘘は吐かない」


 そう言えば、美月は嬉しそうにはにかんだ。


「ならその時は、私好みにセットしてもいいですか?」

「好きにしろ。……というよりできるのか?」

「今から動画見て練習します」

「その実験台は俺だろうが」

「ふふ。ご名答」


 ため息を落とせば、美月は笑みを浮かべながら頭を撫でてくる。


 どうやら彼女も晴と同じでこの黒髪が好きなようで、撫でると満足するまで手が止まらない。


「今日は一日撮影だったはずなのに、どうして執筆してるんですか?」

「書きたかったから」

「貴方は一日に一回は執筆しないと死ぬんですか?」

「死にはしない。ただ、書かないと体がムズムズしてくる」

「……執筆病」


 ボソッと言う美月に、晴は「一生治らん」と淡泊に返す。


「だからお前が必要なんだろうが」

「やれやれ。困った旦那さんですね。執筆する為に私を利用するんて」

「その分感謝もしてる。――お前が支えてくれたかげで、アニメの2期も決まったしな」

「――え?」


 さらりと言えば、美月がぱちぱちと目を瞬かせた。

 驚いてる。そう分かっていながらも、晴は美月に伝えた。


「【微熱に浮かされるキミと】のアニメ、2期制作が決定した」

「え⁉」


 今度はより明確に驚愕の色を露わにする美月。

 撫でていた手が止まって、口をわなわなとさせながら、


「ほ、本当ですか?」

「あぁ。今日、四条さんたちから言われた」


 口外はまだ禁止だが、身内にならいいとのこと。そして文佳かからは「この事、奥さんに早く報告してあげてください」とまで言われている。


 だから、この事を関係者以外の誰かにこの報告をするのは美月が初めてだ。


 そして、その報告を受けた美月はというと、


「しょ、衝撃の発表をあまりにあっさりと報告されて、まだ実感が湧いてないんですけど」


 まだうまく脳が処理し切れていないようだった。

 それでも少しずつ、徐々に晴の言葉を理解していくと、


「おめでとうございます。晴さん」

「あぁ。ありがとな」


 ぎゅっ、と抱きしめながら、賞賛をくれた。


「それなら、今夜はお祝いしないといけませんね」

「まだ制作が決まっただけだぞ」


 そう言えば、美月は「いいじゃないですか」と返してきた。


「いずれせよお祝い事には変わりありません。なら、頑張ってきた晴さんにご褒美をあげるのは妻の務めです」


 もう一度おめでとうございます、と賞賛をくれる美月に、晴は微笑を浮かべると、


「この結果も読者や四条さん、それに他の人たちが支えてくれたものだし……」


 一度、言葉を区切る。

 そして隣にいる最愛の妻に向かって顔を振り向かせると、


「美月。今日まで支えてくれて、本当にありがとう」

「ふふ。約束しましたから。貴方を支えるって」


 お互い。微笑み合って――それから感謝を伝えるように、晴は美月へ口づけを交わしたのだった。


「――ん。……お祝いのご飯、何が食べたいですか?」

「なら唐揚げがいい」

「ふふ。本当に好きですね、唐揚げ」

「お前の作るものはより美味く感じる」

「嬉しいこと言ってくれちゃって。仕方がありません。腕によりをかけて作ってあげましょう」

「ふっ。期待してる」

「えぇ。任せてください――それと、今度は私から、お祝いのキスをしてあげます」

「それただお前がしたいだけだろ」

「いーえ。頑張った貴方へ、私からのご褒美ですよ。――――んっ」


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