第292話 『 作者としての誇り 』
「……以上! 本日のナビゲーターは私、伊織雫と……」
「ハルと……」
「シンでした~~!」
三人はカメラの前に向かって手を振ると、数秒後にカメラマンからオッケーの合図が出た。
「はいっ。大丈夫です! お疲れ様でしたー!」
「「お疲れ様でした」」
長かった撮影もようやく終わり、晴たちは一気に脱力する。
ずっと張っていた緊張の糸も、徐々に緩んでいくのを感じながら深く息を吐く。
「お疲れ、晴」
「ん」
「ふはっ。見るからに疲れた顔してるじゃん」
苦笑する慎に、晴は無言のままこくりと頷いた。
「やっぱあれだな。慣れないことをすると疲労がいつも以上に襲ってくるもんだな」
「同感。思えば、俺もウィンスタとかに動画を撮って上げたことは一度もなかったかも。これを毎回やるヒューチューバーは凄いね」
「だな」
お互い、己の肩を揉みながら全世界の配信者に感服する。
「でも、こういうのも案外楽しいものだね。また次の機会があれば出てみたいかも」
「なら自分の編集者に打診してみれば」
「あはは。今回の視聴率が良かったらもう一回出させてくれるかもね」
晴は? と問いかけれれば、複雑な表情を浮かべた。
「俺も新鮮だとは思ったが、流石に二回目はやらないと思う。記念、という訳ではないが、小説の資料は取れたし」
「やっぱそれが目的だったのね」
呆れたように嘆息する慎に、晴は「当たり前だろ」と淡泊に返す。
「ネタが欲しけりゃ自分で探しに行くのが小説家だ」
「今回は垂涎ものの資料が目の前にぶら下がってきて良かったね。満足したかい?」
「大満足だ」
本当に満足してる顔だ、と慎が苦笑い。
そんな雑談をしていると、
「ハル先生、シン先生、お疲れ様でした!」
「「お疲れ様です」」
疲労を見せる晴と慎とは対照的に、挨拶する雫にはまだ余裕が見られる。
流石は晴たちより多く場数を踏んでいるだけはあるな、と感嘆としていると、
「今日はお二人、本当に素晴らしかったです! 撮影は初めてだとはお聞きしてましたけど、そんなの全然感じられませんでした!」
「はは。ずっと緊張しっぱなしでしたけどね。でも、今日はコイツも一緒だったので、おかげで少しだけ気が楽でした」
「やだ不意打ちの誉め言葉。ムチばっかり振るわれてるからアメの反動が凄まじい! 本当に素直じゃないやつだな晴は……ってアダァァ⁉」
「抱きつこうとするな気色悪い」
晴の言葉に感極まって抱きつこうとする慎の頬に平手をお見舞い。珍しく好感度が上がったのに、こういう反応をするから晴の好感度パラメーターが一気に下がるのだ。
晴のムチを今日も受けた慎は無視つつ、晴はこちらに駆け寄ってくる文佳に気付く。
「お疲れ様です! ハル先生!」
「お疲れ様です。本日は忙しいのに、結局最後まで撮影に付き合ってもらってしまいましたね」
「そんなお気になさらず。それに、この企画にハル先生を誘ったのは私なので、付き添うのは当然ですから」
「本当にいつもありがとうございます」
「くぅ! 奥さんがいるのに! そんな紳士な対応されたらやっぱり惚れちゃうじゃない!」
「? 四条さん。どうかしました?」
突然ハンカチを噛みだした文佳に困惑すれば、彼女は「お気になさらずに」と慌てて姿勢を正す。
それからコホンッ、と咳払いすると、
「「…………」」
「?」
何故か、このスタジオの全員が黙り込んだ。
急に全員が静まり返り、晴は何事かと目を瞬かせる。
助けを求めるように慎を見れば、彼もまた黙り込んで何やら不穏な笑みを浮かべている。
なんで全員黙ってるんだ、とそう声に出そうとした瞬間。
突然、パパン! と爆音が鳴り上がって――
「「ハル先生! 【微熱に浮かされるキミと】アニメ2期制作決定おめでとうございまーす!」」
「――ひょえ?」
突然の発表と祝砲に、晴は呆気取られる。
まだ状況をうまく呑み込めていない晴に、文佳が目尻に涙を溜めながら言った。
「ハル先生! 【ビネキミ】、2期の制作が決まりましたよ!」
「えっと、それはあれですか。撮影用のドッキリとか……」
テレビのよく見るやつか、と思案しながら呟けば、しかし文佳は感動を堪えるかのように首を横に振った。
「マジなやつです! 【ビネキミ】、2期やります!」
「おめでとうございます! ハル先生!」
雫からも拍手を送られて、少しずつ、晴はどうして自分がこの撮影に呼ばれたのか理解し始めた。
そして隣を見れば、同じゲストだったはずの慎までもが微笑みながら手を叩いていて。
「……その様子だと、お前も最初から知ってたな」
「うん。四条さんから言われてね。この企画で晴にサプライズ報告しちゃおう! って」
「なるほどな」
つまり、この企画は最初から、【微熱に浮かされるキミと】の2期制作を発表する為に作られたものだったのだ。どうりでゲストに晴が呼ばれる訳だし、司会進行が詩音役の雫な訳だ。
つまり晴はこの場の全員に、まんまと嵌められたのだ。
けれどそれは、嫌悪感や不快感を募らせるドッキリではなく、晴自身が嬉しくなるような幸せなドッキリで。
「凄く、嬉しいです。本当に、ありがとうございます」
幸せを噛み締めながら、作者としての誇りを改めて胸に刻むのだった。
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