第288話 『 実はお相手はJKで…… 』
そして時は再び撮影当日に戻る。
「あ、ハル先生!」
「雫さん。お久しぶりです」
出版社の中にある撮影スタジオへ慎と共に赴くと、そこで可憐な笑顔を咲かせる女性と目が合った。
彼女の名前は、伊織雫。本日の撮影する動画の司会進行役を担ってくれた女性で、晴の代表作でもある【微熱に浮かされるキミと】のメインヒロイン・詩音の
ロングの黒髪に桜色の大きな瞳。どことなく美月と似た面影はありながらも、大人びた印象がある美月とは違って、シズクは二十代前半らしく活発のある雰囲気が印象的だった。
まだ若手でありながら声の抑揚を巧みに使いこなし、少し癖のある詩音を見事に表現してみせた彼女は、持ち前のルックスも評判にあって現在では多くの作品で起用されている人気声優となっていた。
そんな雫は晴を視界に入れると小走りで寄ってきて、丁寧にお辞儀した。
「お久しぶりです、ハル先生。それと、シン先生は今日が初めましてですよね?」
「そうなりますね。今日はよろしくお願いします。……あ、撮影始まる前にサイン貰ってもいいですか?」
「ふふ。いいですよ」
「公私の区別くらいつけろよお前は」
「まだ撮影始まってないからセーフでーす」
早速雫からサインを貰っている慎に苦笑しつつも、晴も鞄から一枚色紙を取り出した。
「すいません雫さん。俺もいいですかね」
「あはは。勿論です」
「なんだよ。晴も欲しいんじゃん。……いだあ⁉」
脇払いをつついてくる慎の尻を容赦なく蹴っ飛ばしながら、
「俺じゃなくて金城くんに渡すんだよ。……あ、宛名は金城でお願いします」
はい、と快く頷いてくれる雫に頭を下げると、悶絶する慎が言ってきた。
「なんだそれ。お前は金城くんの親戚のおじさんか」
「いつもミケさんのアシスタント頑張ってるからそのお礼の印だ」
「なんで晴が礼をするのさ?」
「理由はなんでもいいだろ」
そう返せば、慎は「ま何でもいいけどさ」と漠然とではあるが晴の心情を察した風に呟いた。
そんなやり取りをしている間にも雫はすらすらとサイン色紙にペンを走らせていき、
「はいっ。これでオッケーですかね!」
「ありがとうございます。彼、雫さんのこと好きなので、これを贈ったらきっと喜ぶと思います」
「ふふ。こうしてファンができたのもハル先生が私を詩音役に選んでくれたからです。だからサインを書いて欲しかったらいつでも言ってくださいね」
なんていい人なんだ、と感服しながら、晴は「ありがとうございます」と微笑を向ける。
それから数十分ほどお互いの近況報告をしていると、
「……あれ、ハル先生の左手にあるそれって」
晴の左薬指に填められた結婚指輪に雫が気付いた。
「あぁ。実は半年ほど前に結婚したんです」
「えー⁉ おめでとうございます!」
「あはは。ありがとうございます」
ぎこちない笑みを浮かべる晴に、雫は興味津々といった表情を浮かべながら尋ねた。
「ちなみにお相手って、どんな人なのか少しだけ聞いてもいいですか?」
「ごく普通の一般人ですよ。料理がとても達者で、こんな俺を支えてくれる素敵な女性です」
「はぁ。奥さんのこと愛されてるんですねー」
「はは。そう言われるとなんだか照れますね」
わざとらしく笑みを浮かべれば、その隣で慎がボソッと呟く。
「実はお相手はJKでー……なんて言えないよな」
「? 何か言いましたか? シン先生」
「何でもないよな慎」
「グハァ⁉」
余計な事を呟いたアホの腹に一発拳を入れて強制的に黙らせた。
その場に倒れる慎に、晴は本当にコイツは、と呆れていると、
「ハル先生―、シン先生ー、雫さーん。そろそろ撮影始めるので、スタンバイお願いします」
「「はーい」」「……は、はい」
文佳に声を掛けられて、晴と雫は会話を止めて応じ、慎はお腹を抑えながら頷いた。
「大丈夫ですか? シン先生」
司会進行の雫が文佳や他のスタッフと先じて最終確認している最中、晴はよたよたと歩く慎に問いかける。
「大丈夫じゃない。お前、ホントっ、少しは加減しろよ……っ」
「そうなった元凶はお前自身だろ」
少しは反省するんだな、と晴は慎を見捨てて雫たちの方へ向かっていく。
そんな晴を奥歯を噛み締めながら睨んでいた慎は、
「……神様ってやつは本当に不公平だっ」
と意味深なことを呟くのだった。
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