第287話 『 晴さんに頭撫でられるの、好きです 』


「……動画出演、ですか」

「そう」


 同じ布団でくるまりながら美月に出版社に赴いた経緯を伝えれば、彼女はまだうまく状況を飲み込めていないように目を瞬かせた。


「端的に言えば、作品を自分で宣伝する為の売名行為だな」

「どことなく言い方に棘があるように感じるんですけど、たしかにネットに顔を出すという意味では合っているかもしれませんね」

「そういう訳で動画に出演することになったんだが、別に構わないよな?」


 と尋ねれば、美月はこくりと頷いた。


「晴さんの好きにしてください。それを止める権利は私にはありませんから。それとも、女性のファンが付くのは嫌だから止めてとでも言うべきですか?」

「何言ってんだお前。俺のこの顔を好みという人間はお前くらいだ」


 見ろこの仏頂面を、と言えば、しかし美月は不満そうに頬を膨らませた。それから、両手で顔を抑えて言ってきた。


「貴方は表情の変化が薄いだけで、顔立ちは整っていますよ。むしろ、表情の変化が少ないからこそ端整な顔立ちがずっと見続けられる訳ですし」

「表情に変化がない、って見ててつまらなくないのか?」

「貴方の顔はいつ見ても飽きません」

「嬉しいことを言ってくれるな」


 お世辞だとは思うが、そう言われて嬉しいのは事実だ。

 その想いを額に口づけで表せば、美月はふふ、と微笑みを浮かべて、


「口にはしてくれないんですか?」

「して欲しいのか?」

「はい」


 躊躇う理由は特にないので、素直に頷いた美月の唇に軽く自分の唇を当てた。


「今日はこれでお終い」

「私はもっとしてもいいですけど」

「襲うぞ」

「明日も早いのでだーめ」


 今は美月も文化祭期間で多忙を極めているため、襲いたくても襲えなかった。


 もっと美月の唇を堪能したい欲求に駆られるも、どうにか必死に自制を効かせながら晴はキスのせいで逸れた話題を戻した。


「さてと、それで動画出演の件についてだが、出てもいいんだな」

「えぇ。それで晴さんの小説がもっと多くの人に読まれるのはいいことですし」


 でも、と美月は一度言葉を区切ると、不意に身を寄せてきた。


「やっぱり、私以外に晴さんの魅力を気付かれるのは少しだけ嫌な気持ちです」


 晴の胸で顔を隠しながら言う美月に、晴は苦笑を浮かべる。


「そんなの杞憂だろ。断言はできないが、女性層は全員、慎の方につくんじゃないか。そのおこぼれをもらえればいい方だ」

「本当に貴方は自覚しない人ですね」


 自分の容姿が優れていることに気付いてください、と叱責されてしまった。


「そう不安がるなよ。たとえ女性のファンが付いたとしても、俺には既にお前がいる。目移りすることなんてない」


 それに、ファンに手なんか出したらそれこそ小説家人生が終わってしまう。

 だから、


「何度でも言うが、俺は浮気なんかしないし、お前を愛してる」

「…………」

「美月以外、俺の妻はありえないからな」


 そう告げれば、美月は押し付けていた頭をゆっくりと離していった。

 ようやく顔を見せてくれた美月は、無言のまま顔を近づけて、


「あまり嬉しいこと言わないでください。――ん」


 自分から唇を押し付けてきた。


 なぜ唐突にキス? と頭に疑問符を浮かべれば、美月はぎゅっと服を握ってきて、


「愛してるなんて言われたら、そんなの晴さんを信じるに決まってるじゃないですか」

「信じるも信じないもお前次第だ。俺はお前しか見てないから安心しろ」

「~~~~っ。本当に貴方という人は、平気で恥ずかしいことを言うんですから」

「嫌か?」

「嫌じゃありません。むしろ、もっと言ってください」


 そうお願いされて断るはずもなく、


「愛してるぞ、美月」

「えへへ。もっと言ってください」

「今日はえらく甘えん坊モードだな」


 どうやら不安が溜まると、その反動で甘えたさが強く出るらしい。


 新たにそんな事実が発覚しつつも、晴は頭をこすりつけてくる美月が眠るまで撫で続けるのだった。


「ふふ。晴さんに頭撫でられるの、好きです」

「そうかい。愛情込めて撫でてやるから、寝るまで堪能しとけ」

「はい。今夜はよく眠れそうです」

「ふっ。俺も、今夜はよく眠れそうだ」



―――――――――

【あとがき】

美月可愛い過ぎるだろ!! 作者死んじゃう!

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