第286話 『 動画出演、ですか 』


 ――それは遡ること約一カ月前。


「……動画出演、ですか」

「はい!」


 手渡された資料を拝見しながら呟けば、晴の担当編集者――四条文佳はこくこくと頷いた。


「やはり今の時代。クリエイター自身が前に出て宣伝していかなければいけないと思うんですっ」

「その意図は理解できますけど、ですがどうして〝俺〟だけでなく〝コイツ〟もその企画に同伴してるんですか?」


 と横に指を指せば、晴の隣に座っていた同業者で友人でもある浅川慎が苦笑を浮かべた。


「晴の気持ちも分からなくもないけどね。俺も、どうして晴と動画に出演するのか全然理解できてないし」


 と口では言うが、実は二人とも、内心ではある程度見当がついている。


 そんな推測を裏付けていくように、文佳が顔を前に出して言った。


「だってお二人、プライベートでも頻繁に遭うほど仲がいいですよね⁉」

「「いえそれほど」」

「ほらやっぱり仲いいじゃないですか」


 こうして他人に指摘されるとなんだかむず痒くなる。

 珍しく慎が否定したので、彼も晴と同意見なのだろう。


「それにほら、お二人は顔もいいですし」

「採用基準が顔なら俺より他の人が適任だと思いますよ」

「いえいえ! ハル先生だって十分に容姿優れてますよ!」

「あはは。ありがとうございます」

「はうっ。笑顔も素敵っ」

「? 四条さん、大丈夫ですか?」


 突然胸を抑える文佳に小首を傾げれば、彼女はほんのりと頬を朱に染めながら「だ、大丈夫です」と返してきた。


 それから気を取り直すようにコホン、と咳払いして、


「とにかく、ハル先生とシン先生にはどうかこの動画にゲストとして出演していただきたいんです。勿論、ギャラも出ますし」

「うーん。まぁ、俺は締め切りに余裕があるので構いませんけど……」


 慎がちらっ、と晴の方を見てくる。


「晴。あまりこういうの好きじゃない……というか得意じゃないよね?」

「あぁ。人前に出るのは好きじゃない」


 撮影なので実際に人前に顔を出すわけではないが、動画がネットという誰の目にも止まる場所で公開された時点でそれと同義だろう。


 顔を出すことに抵抗がある訳ではないが、果たして自分なんかがゲストとして登場してどこの層に需要があるのかが全く分からないのだ。


 けど、


「分かりました。動画出演の件。承ります」


 晴はこの案件オファーを承諾した。


「本当ですか⁉」

「珍し」


 文佳が歓喜し、慎が驚く。


「ええと、それじゃあ今後の日程の方を詳しく説明していきますね」

「はい」


 その後、晴と慎は文佳から動画に関する詳細を聞いた。


 それを熱心に聞く晴の隣では、慎がずっと何か言いたげな顔をしていた。


 ▼△▼△▼▼



「本当にいいの?」

「何が」


 文佳に動画出演の件を承諾したその後、出版社を出た晴は慎に主語のない問いかけを投げられた。


「動画出演の件。本当は出たくないんじゃないかな、と思って」


 そんなことか、と失笑。


「出たくなかったら素直に断るよ」

「ふーん。なら、頷いたのに何か理由がある訳だ」

「大した理由はないぞ」


 コーヒーカップに口づけながら言った慎に、晴は素っ気なく応じる。


「四条さん言っただろ。今はクリエイター本人が前に出て宣伝していかなきゃいけない時代だって」

「言ったねぇ」

「実際、その通りだと思っただけ」

「つまり、自分の作品をより売らせるため、と」

「お前だってそれが目的で動画に出るの許可したんだろ」

「ふはっ。よく分かってるじゃん」


 お互い、自分の利益の為に文佳に同意した。


 そして文佳本人も――否、この場合文佳の事情というより、出版社側の事情だろう。晴たちが世に出て人の目にわずかにでも目が留まれば、ライトノベルという分野に興味を持って買ってくれる人が出てくるかもしれないし、晴たちの本に興味を示して買ってくれるかもしれない。それが作品の人気に繋がれば、それは出版社の利益にも繋がる。


「つまり、動画一つで皆がウィンウィンになれるってわけだ」

「懸念としては、俺たちが顔出ししたところでそれが視聴率に繋がるか、だけどな」

「流石はウェブ小説出身。PⅤは気になりますか」

「当然だ。PVっていうのは、どれだけ多く人の目に止まったかを可視化したものなんだからな。誰の目にも止まらなければそれでお終いだ」

「晴が言うと説得力が違うね~」


 実際、本が出版されプロ作家となった今でも、時々投稿サイトで掲載している作品のPV数は確認している。更新が疎かになっても評価をくれるのは本当にありがたい限りだ。


 それに、晴たちもずっと本を出し続けていられる可能性など、ありはしないのだ。

 売れなければ、その作品は打ち切りとなって陽の光を浴びなくなる。


「そういう訳で、俺も自分の利益の為に動画出演するだけだ。俺が顔曝け出すだけで作品がより多くの人に見てらえるのなら、それは本望だしな」

「結局考えの行きつく先は同じか。俺も、詩織ちゃんとの未来の為に、そしてアニメ化させる為にもっと本を売らなきゃいけないしねー」

「ふっ。そうだな。俺も、美月の為に頑張らないとな」


 コーヒーカップに口づけながら微笑を浮かべれば、慎は「いや」と胸に手を当ててきて、


「晴はもう売れてるからこれ以上頑張るなよ」

「辛辣だな。いいだろ、べつに。売れるに越したことはない。それに、近々新作も発表するつもりだしな」

「本当に二作同時出版するんだ。売れっ子作家は作家道順風満帆でいいですねぇ」

「そうする為に顔をネットに曝け出すだろ」


 言い方、と慎が苦笑する。

 それから二人、昼下がりの街を歩いていく。


「ま、その前に俺は一度美月に報告だな」

「あはは。意外とそっちの方が難航するんじゃない」

「なんでだよ」

「私の晴さんが皆に見られちゃう~、なんて思ってそうだから」

「美月の真似下手すぎだろ。安心しろ。美月もそこまで束縛強い奴じゃないから」

「いやぁ、それはどうでしょうねぇ」


 ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる慎に、晴は「何なんだコイツ」と少し距離を取る。


 しかし、慎の言う通り美月との交渉が難航することになると思い知るのは数時間後の話だった。

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