第285話 『 ということで、おめかしの時間だよ 』
美月の登校を見届けたあと、晴は出版社に赴く前にエクレアに構っていた。
そんな最中、
「ん?」
エントランスからの呼び出し音が鳴った。
「忘れ物か?」
と思ったが、美月ならわざわざエントランスから呼び出すなんて必要はなく直通できることを思い出す。
なら配達かと思案するも、直近の記憶でインターネットで商品を買った覚えもなかった。
とりあえず出てみるか、とエクレアを抱きながらインターホンに向かった。
「はーい」
『あ、おはよう晴』
「慎か」
朝から珍しい訪問者にわずかに驚けば、慎は「そうそう」と軽い挨拶で返した。
『迎えに来たから、エントランス開けて』
「ん」
と淡泊に頷いて、晴はエントランスのロックを解いた。
『じゃ、今そっちに向かうから待ってて』
「だってよエクレア。うざい奴が来るって」
『罵倒するならせめて通話を切ってからにして⁉』
そんなやり取りをしてから二分後、今度は家のチャイムが鳴った。
晴の腕から一向に降りる気がない猫と一緒に玄関へ向かえば、扉を開いた先にはいつもより少しお洒落な友人がひらひらと手を振っていた。
「おはよう、晴」
「おう」
「ちゃんと起きてるんだね」
「当たり前だろ」
朝から嫌味を吐いてくる友人に、晴もいつも通り素っ気なく返す。
「ほぉ、その子が晴の飼ってる猫なんだ」
そういえば、慎がエクレアと直接会ったのは今日が初めてだった。
「初めまして、エクレアちゃん」
「にゃっ」
「ありゃ。そっぽ向いちゃった。本当にご主人様以外には懐かないんだね」
「なんでだろうなぁ」
相変わらず高飛車なお嬢様なエクレアは、慎の挨拶にそっぽを向いてしまった。
こうなってくると、晴が好きというより警戒心が強いだけでは。と思惟してしまう。
ただそれは晴の勘違いで、エクレアは慎から晴と親密な関係の匂いがして嫉妬しているのだった。それを知らないのはご主人様ばかり。
「入っていい?」
「当たり前だろ」
「じゃ入るね。……内見チェックしとくか」
「そういうのは声に出さず胸の中で呟くんだな。隣に来たらぶっ飛ばすぞ」
まだこのマンションに住む気なようで、晴はギロリと睨んで牽制する。
冗談だよ~、と慎は言うが、この男は信じてはいけないのだ。結局、面白そうという理由で本当に同じマンションに住みかねないから。
「それで、なんで朝っぱらから来たんだ?」
エクレアの頭を撫でながら問えば、慎は「決まってるでしょ」と前置きして、
「一緒に行こうと思って」
「キショ」
「お前、ホント発言に気をつけろよ。俺も泣くからね?」
と指摘されても、
「事実だろ。いい年した男たちが一緒に出版社行くとか……小学生じゃねえんだぞ」
「いや晴の言いたい気持ちも分かるよ。でもさ、小学生は流石に言い過ぎじゃない?」
「正論だ。中学で友達の家にわざわざ迎えに行って登校するなんてないだろ。あるとすればラノベ世界の幼馴染だけだ」
一緒に学校に行くなんて小学生くらいで、中学生に上がれば大抵一人で学校に行くものだ。登校中にたまにあえば一緒に向かうくらいで、甲斐甲斐しく迎えに来るのはそれこそラノベに出てくる幼馴染系メインヒロインの所業だろう。
「俺はお前をヒロインレースに参加させるつもりはない」
「何言ってんの晴。お前のヒロインは美月ちゃん以外いないでしょ」
「いたらシバかれる」
「美月ちゃんも見かけに反してバイオレンスなことするんだね」
「ストレス溜まると
「最近は
要らない情報だった。
はぁ、とため息を吐けば、晴は軽口を引っ込めて、
「で、お前は本当に一緒に行こうと思って来たわけ?」
本心を探るようにジト目を向ければ、慎はフフ、とやはり何か企んでいるような笑みをうかべた。
「それも勿論理由の一つではあるけど、もう一つ、早く来た理由があるよ」
「さっさと言え」
と先を促せば、慎は「そう焦るなよ~」と神経を逆撫でるような返しをしてくる。
言われた通り嘆息して待つと、
「晴のことだから、今日が
そこで一度、慎が言葉を区切る。
何か嫌な予感がするな、と思うそれは正しかった。
顔をしかめる晴に、慎はニコッと爽やかな笑みを向けてくると、
「という訳で晴くん。おめかしの時間だよ」
そんな慎の言葉に、晴は「やっぱりか」と肩を落とすのだった。
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