第284話 『 貴方がキス魔だって知りませんでした 』
「それじゃあ、行ってきます」
「あぁ。今日も頑張ってこい」
支度を整えて鞄を持った美月が出発しようとして、晴は玄関までついていく。
「今日は帰り遅くなりそうですか?」
「十七時には帰れると思うぞ」
分かりました、と頷いて、脳内で晴の帰宅時間をメモする美月。
「お前の方は? 勉強会、今日もあるんだろ」
「えぇ。なので、今日も少し遅くなりそうです」
「了解。テスト勉強頑張ってこい」
「ふふ。頑張ったらご褒美くれるんですか?」
挑発的に問いかけてきた美月に、晴は「どうするかな」と一考する。
「赤点問題に関しては問題ないんだろ」
「当然です」
「なら、ご褒美をあげる必要もないと思うんだが」
べつに一位を目指している訳でも、上位に入りたいという訳でもないなら、美月のやる気を上げる必要はないんじゃないかと思う。
そんな思案をしていると、
「ご褒美、くれないんですか?」
そんな甘えるような声と表情は卑怯だ。
可愛らしくおねだりしてくる妻に、晴は、はぁ、と嘆息すれば、
「何して欲しいんだ?」
「ふふ。ちょろい人」
「やっぱやらない」
「ああっ⁉ 嘘です、嘘! ご褒美もらえるの嬉しいな!」
却下すれば、途端美月が狼狽する。
晴の機嫌を直そうとする必死さに思わず苦笑がこぼれると、
「冗談だよ。それで、何して欲しい?」
そう促せば、美月は「なら」と既にご褒美を考えていたように答えた。
「今回はケーキが食べたいです」
「珍しい。お前がハグとかキスを要求しないなんて」
目を瞬かせれば、美月は「だって」と継いで、
「ハグやキスはいつもしてもらってますから。それに、お願いすれば晴さんはすぐにしてくれますし」
「俺もしたくてやってるからな」
「最近では不意打ちでキスすることも増えましたもんね」
「お前が無闇にくっついてくるのが悪い」
「くっついているだけで、キスして欲しいとは思ってませんけど」
「俺がしたいからしてる」
美月の顔が近いと、思わず桜色の唇に触れたくなってしまうのだ。それに、不意打ちにキスされて驚く美月の顔は何度見ても飽きない。
そうやって開き直れば、美月は辟易とした風に嘆息して、
「貴方がキス魔だって知りませんでした」
「キス魔ではない。そこに可愛い顔があって、口では止めてと言っているのに内心ではして欲しい天邪鬼な妻の要求に答えてるだけだ」
そう言えば、美月が「誰のことでしょうか」と露骨に視線を逸らす。
キスしてやろうかな、と邪推が働いていると、視線を晴へと戻した美月が言った。
「キス魔さん。今日は家に帰ったら、たくさん私にキスしていいですからね」
それは要するに、今夜はするという暗黙の了解だった。
紫紺の瞳にわずかな妖艶さが灯った気がして、ゾクリと背筋が震えた。
それを隠しつつ、
「ん。分かった。楽しみにしておく」
「ふふ。本当にエッチな人ですね」
「好きだからな。お前とするのは」
キスも、ハグも、それ以上のことも。美月と甘い時間を過ごすと胸が満たされる感覚になるのだ。小説では味わえない多幸感が、美月と過ごす時間にはあった。
美月の言葉に照れもなく肯定すれば、美月はやれやれと肩を落とした。
それから――
「晴さん。ちょっとこっち向いてください」
「なんだ? ――んっ」
美月に促されて振り向けば、突然唇に柔らかい何かが押し付けられる。
そして、何が押し付けられたのかは、瞬時に理解できる。
美月にキスされた。
「ぷはっ。ふふ。今夜の予約、しておきましたよ」
唇を離した美月は舌を舐めずさると、艶やかな表情を浮かべながらそう言った。
「……お前、日を追うごとにエロくなってきてない?」
唖然としながらそう言えば、美月は「さぁ」と小悪魔のような笑みを浮かべて、
「そうなってしまったのは、一体誰のせいですかねぇ?」
「……はは。誰のせいでしょうね」
紫紺の瞳から逃げるように、晴は目を逸らしたのだった。
「……ちなみに、俺の方からするのはありか?」
「どうしましょうか」
「わざとらしく考えるな」
「私の答えが分かってるなら、いちいち聞く必要もないと思いますよ」
「なら遠慮なくさせてもらうからな」
「ふふ。どうぞお好きに」
それから晴と美月は、登校時間ギリギリになるまで玄関で甘い時間を過ごすのだった。
「「――んっ」」
――――――――
【あとがき】
あ、ここで報告するのもあれですけど。実は作者、この作品とは別にコンテスト用のラブコメを書いてまして、なんとそれが中間選考を突破してたんですよ。【学校では怖いと有名なJKヤンキー。家ではめっちゃ可愛い】って作品なんですけど、よかったら一度読んでみてください。それと、今はこの作品と異世界ファンタジーも掲載中なので、そちらもよければぜひ~。
全部面白いよ!
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