第283話 『 旦那さんには健康でいてほしいから 』


 ――金曜日。


「おはようございます、晴さん」

「ん。はよ」


 くあぁ、と大きな欠伸をかきながらリビングに行けば、既に起床して着替えと朝食の準備まで済ませている美月が挨拶をしてきた。


 女神のような微笑みに淡泊に応じると、足元でも「にゃー」とエクレアがすり寄ってきた。


「おはよう、エクレア」

「んにゃぁぁ」

「はは。朝から愛いやつだなお前も」


 屈んでエクレアの頭を撫でれば、彼女はなんとも心地よさそうに喉を鳴らす。


「朝食の用意は済ませてあるので、顔を洗ってきてください」

「もう済んでる」


 と言えば、美月は「あら珍しい」とわざとらしく驚いた素振りをみせた。

 そして彼女は、あ、と何か思い出したように声を上げると、


「そういえば、今日は出版社に行く日でしたっけ?」

「そうだ。だから、いつもより早く起きた」

「早く起きたといっても十分程度の違いでしょう」

「その十分は大きいだろ」


 そう言えば、美月は「分からなくもありませんけど」と苦笑。


「でも、貴方朝は苦手でしょう?」

「最近は誰かさんのおかげで生活習慣が整ってきたからな。それ程苦労してない」

「ふふ。いったい誰のおかげですかねぇ」


 嬉しそうにはにかむ美月に、晴は「さぁ」と知らんぷり。


 美月のおかげで生活習慣が整った――というより元に戻ったことは、もはや言うまでもないだろう。


 今日は半日ほど外に出なければならないので、今のうちにたっぷりエクレアを撫でていれば、美月は「ごめんなさい」と唐突に謝ってきた。


「出版社に行くことを覚えていれば、起こしに行くべきでしたね。すっかり忘れてました」

「気にすんな。朝忙しいのは分かってるし、起こしてもらうなんて面倒掛けられないからな」

「べつに面倒ではありませんよ。貴方の寝顔を見られるので」

「一緒に寝てる時はいつも見てんだろ」

「ふふ。妻の特権ですので」


 晴より早く起きる美月は、共寝する時はいつも晴の寝顔を堪能してから起こす。果たして自分の顔なんて見て、美月に何のメリットがあるのかは分からないが、本人が満足しているならば晴も言及することはなかった。


「さ、早くご飯食べましょうか」

「そうだな」


 エプロンの紐を解きながら美月が促して、晴もよっと立ち上がる。エクレアが『もう少し構って』と鳴くので、食事を取って美月を玄関まで送迎した後にもう少し構ってあげようと思った。


「ほら、エクレアも朝ご飯食べてこい」

「にゃ」

「本当に晴さんの言うことだけは聞くんですから」


 相変わらず高飛車お嬢様なエクレアに辟易とする美月に、晴は苦笑。


 自分の住居スペースにとことこと向かっていくエクレアを横目に、晴もテーブルに向かっていく。


 椅子を引いて腰を下ろせば、テーブルには朝から豪華な料理が並んでいた。


 トーストにサラダに目玉焼き。そして冷える時期にはピッタリなコーンスープまでも用意されていた。


 その数秒後に、こと、と目の前に湯気の立った珈琲が置かれた。


「ありがとな」

「ふふ。どういたしまして」


 小さく感謝を伝えれば、美月は微笑みながら己の席に着いた。


「毎度のことながら豪華な朝食だ」

「そんなことないと思いますけど」


 感嘆とすれば、美月は苦笑しながら言った。


「トーストは焼いてマーガリンを塗るだけ。ジャムはお好みですし、サラダなんて小皿に盛って、目玉焼きは焼くだけですしねぇ」

「それをほぼ毎日やる手腕に感服してるんだ」

「ふふ。これも旦那さんに健康でいてほしくてやっていることなので」

「なら、しっかり感謝して食べきらないとな」

「えぇ。食材にも、私にも感謝して美味しく食べてくださいね」

「いつも感謝してる」


 微笑む美月に苦笑して、晴は手を合わせる。一拍遅れて、美月も手を合わせた。


 今日は金曜日。


 明日は、美月にとっても晴にとっても楽しみな休日がやってくる。


 それが訪れる前に、夫婦はいつものように、


「「いただきます」」


 声を揃えて一日を始めるのだった。


―――――――

【あとがき】

誰かこんな嫁くれぇぇ

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