第282話 『 夫婦円満の秘訣は旦那が尻に敷かれること 』
「知恵を授けろ、と言われてもなぁ。さっきも言った通りだぞ。俺は美月の機嫌を窺って、配慮してるだけだ」
「晴、家事一切できないもんね」
「できなくはない。クオリティを維持できないだけだ」
それはできないのと一緒だから、と一蹴された。
あまりに早く言い返されてそれが釈然とせず、晴は口を尖らせると、
「俺だって最近は頑張ってるんだぞ。カレー作った」
「それを自慢するのもどうかと思うけど……晴が誰かの為に料理するとはねぇ」
と感慨深そうに息を吐く慎。
それからジト目を向けられて、
「俺、晴が結婚する前は週四近く家に足を運んで、おまけにご飯も作ってあげた訳だけど……晴にご飯を作ってもらった事なんて一度もないなぁ」
「ハッ。なんだ嫉妬か。キモ」
「キモ、の一言で片づけるなよ! お前、ホントになんで美月ちゃんにだけ露骨に甘くて、俺にそんな厳しいの⁉」
と机を叩いて猛抗議する慎に、晴は声音一つ変えず言い返した。
「美月は可愛い。お前は可愛くない。以上」
「依怙贔屓にも程がある⁉」
そもそも友人と嫁のどちらが大切かと問われれば、答えにならない質問だ。
「何度も言ってるだろ。俺は美月がいなくなったら死ぬ。となれば、アイツの
「それ、晴がただ美月ちゃんに甘いだけじゃないの?」
「まぁ、つい甘やかしてしまうこともなくはない」
照れもなく答えれば、慎は「そういうの恥ずかしげもなく言えるのは羨ましい」
と羨望を向けてきた。
「はぁ。確かに相手を慮ることは忘れない方がいいかもね」
「それができれば同棲なんて問題ないと思うぞ。それに、どうせ家事はお前が担当するんだろ」
当たり前のように言えば、慎は苦笑する。
「詩織ちゃんも一人暮らししてるから家事できるよ。ただ料理は壊滅的だけど」
「それでよく一人暮らしができたもんだ」
「おいっ。お前がそれ言うな!」
「俺は出来ないんじゃなくてやらないだけだ」
ミケ、詩織、そして晴の中だったら晴が一番料理できるはずだ。小説の参考の為に何度か実物を作ったこともあるし、問題なく食べられた。流石に慎や嫁力が急上昇している冬真には負けるが、それでも壊滅的ではないことは保障できる。
「それにメシなんて自分で作らなくとも、毎日嫁が美味いメシを作ってくれるから覚える必要がない。お前の作るメシより美味いしな」
「減らず口が多い奴めっ」と奥歯を噛み締めている慎を尻目にカフェオレで喉を潤しつつ、
「という訳で、
「でしょうね。……でも、そっか。結婚はしなくとも、同棲するならそっちの問題も出てくるか」
公共料金や食費といった問題があることに気付いて、慎は顎に手を置いて思案する。
「ちなみに晴たちはどうしてるの?」
と質問されて、晴は淡泊に答えた。
「そんなの俺が払ってるに決まってるだろ」
「まぁ、晴の場合は相手がまだ学生だからね。……ホントにいつも思うけど、よく学生と結婚したね」
「後悔してないからいい」
相手が美月じゃなければ後悔していたかもしれないが、出会った女性が男の理想を体現したような人格者だったので後悔という感情は微塵もない。むしろ、美月と結婚できたのが晴にとっては奇跡なくらいだ。
そんなことを考えていると、慎は「そういうとこホント尊敬するわ」と呆れたような、感服したような息を吐いた。
それから、
「ま、お金に関しては問題ないかな。俺も詩織ちゃんも正社員だから収入は安定してるし」
「詩織さんて、貯金とかしてんの?」
慎の話を聞く限りだと、詩織はアニメグッズや漫画、課金と散財しているように思える。加えて彼女はコスプレイヤーとしても活動しているので、そこに衣装代や撮影機材……その他etcなどの出費もあるはずだ。
ふと気になって質問してみれば、慎は「してるらしいよ」と頷いた。
「そういうのはしっかり管理してるみたいだよ。詩織ちゃん会社で経理担当してるから、見た目に反して金銭面はしっかりしてるよ」
「なら猶更金銭面に関しては問題ないだろ」
むしろ心強いくらいだ。といっても、晴と慎も職種的に自営業に当てはまるため、否が応でも収入や出費といった金銭面には管理できていないといけないのだが。
そこでふと、ある疑問が脳裏に浮かぶと晴は慎に「なら」と前置きすると、
「お前、詩織さんに確定申告やってもらえば? その方が手間も余計な出費も抑えられるだろう」
と提案してみれば、しかし慎は苦い顔をした。
「いやぁ。流石にカノジョにそれはお願いできないよ。ただでさえ日頃仕事でストレス溜め込んでるのに、プライベートでもやらせるって気が引けるから」
「言われてみればそうだな」
「それに、恋人に自分の収入把握されるのってなんか嫌だ」
「気持ちは分からなくもないが……将来的には避けては通れないだろ」
といえば、慎は「それはそうだけど」と口ごもる。
「結婚する、なんてまだ実感湧かないしなぁ」
「そうやって同棲だけして、ダラダラ過ごしていくうちにマンネリ化して別れる、なんて事態にはなるなよ」
「ぐっ……正論だけど、お前にそれを指摘されると無性に腹立たしい!」
なんでだよ、とため息をこぼす。
「お前、詩織さんのこと大切なんだろ」
「当たり前だろ」
「なら、その場の乗りとか勢いで同棲するのは止めておけよ」
「――――」
カフェオレを飲みながら言えば、そんな晴を慎は目を見開きながら見つめていた。
「俺が言える立場ではないが、相手を気遣うって意外と大変だぞ」
美月と過ごしていると、それが余計に身に染みる。
相手のおねだりに答えないとすぐに不機嫌になるし、時々意見が合わずに喧嘩してしまうこともある。
だからこそ、相手のことはしっかりと見ないといけないのだ。
そうでなければ、
「大変だぞ慎くん。相手に愛想尽かされないように努力するのは」
「なんて実感のこもった言葉だ⁉」
「当たり前だろ。俺は、美月に愛想尽かされないよう毎日必死に機嫌を取ってるからな」
「晴が美月ちゃんにやたら甘い訳、なんか分かった気がした」
そう。夫婦円満とはつまり、旦那が奥さんの尻に敷かれるということなのだ。
そうでなければ、待っているのは――
「ふ。迷える子羊よ。貴様に、妻の尻に敷かれて早半年の俺がいかにして妻の機嫌を取り続けているか、教えてしんぜよう」
「晴先生――っ! どうかお願いします⁉ どうかこの迷える子羊めにっ、夫婦円満の秘訣をご教授ください!」
晴の感情の籠ってない演技も気にせず、慎は身なりなど構っている余裕なく晴に頭を下げた。
「良かろう。まずは、自分の時間よりも妻ないしカノジョとの時間を優先にするんだ。そうでないと、即座に離婚を突きつけられるぞ」
「それは美月ちゃんだけじゃない?」
「ほほぉ。つまりお前はそんな脅迫を一度も受けたことがないと?」
「……うぐ」
そう尋ねれば、慎は心当たりがあるように露骨に視線を逸らした。
「詩織さんと別れたくなかったら、俺の話は耳の穴かっぽじってよく聞くんだな」
「はいっ! 晴師匠」
「先生から師匠になったな」
以前とはすっかり立場が逆転してしまって、晴は思わず苦笑する。
それから、美月と共に過ごした思い出を振る返りながら、晴は慎に恋人と円満に過ごす秘訣を伝授していく。
「……俺、なんで元カノから振られたのかようやくわかった気がするよ」
そして、全てを聞き終えた慎は、遠い目をしながらそう呟いた。
「そうか。なら、詩織さんにだけは従順になっておくんだな」
「分かった。ペットになるわ」
「そこまで言ってねぇよ」
そう否定はしつつも、慎ならいつしか本当に詩織
――――――――
【あとがき】
美月はいい奥さんだけど、晴だって相当いい旦那さんです。こんなに気遣いができて尻に敷いても文句言わないとか美月が惚れるに決まってるじゃん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます