第281話 『 晴の部屋の隣って、空いてる? 』
ピコン、とメッセージが届いたのを確認すると、晴はぽちぽちと文字を打って返信した。
「誰から?」
「美月から」
差出人を答えると、慎はふーん、と生返事。
「奥さん、なんだって?」
どこか含みのある言い方だが、気にしているとキリがないので無視して答える。
「今日も友達とテスト勉強するから、帰るの遅くなると」
「大変だねぇ、学生は。この間文化祭があって、その次は期末試験ですか」
俺にもそういう青春があったなー、と思い出に耽る慎。その想い出には微塵も興味がないので、晴は「そうだな」と淡泊に返す。
「夜はマッサージくらいしてやるか」
と呟けば、慎が目をぱちぱちと瞬かせる。
「なに晴。マッサージなんてしてんの?」
「まあな。アイツずっと多忙だし、俺家事できないから。だから、せめてそれくらいはしようと思ってたまにやってる」
「うわ露骨ないい旦那アピール」
「アピールじゃねえ。旦那としての当然の務めだ」
辛辣なこと言ってくる慎に顔をしかめながら返せば、慎は机に肘を置いて尋ねて来た。
「晴って、美月ちゃんと普段はどういう風に生活してるの?」
「なんだ今更」
いつも煩わしいくらい揶揄ってくる慎が、今日はわずかに真剣みを帯びて聞いてきた。
怪訝な顔をしていれば、慎は「いやさ」と前置きして、
「ずっと気になってたんだよ。不愛想で淡泊な晴が、なーんで美月ちゃんとうまく夫婦ができるのかさ」
「そんなに気になることか?」
小首を傾げれば、慎はこくりと頷いた。
何故か食い気味の姿勢をみせる慎に、晴はぽりぽりと頬を掻く。
「特別なことはなにもしてないぞ。美月の機嫌を窺って、配慮してるくらいだ」
「それだけであの子がメロメロになる?」
「メロメロかどうかは知らんが、良好な関係を保てているとは思っている」
休日はほぼ一緒にいるし、お風呂や睡眠も最近では殆ど一緒に取っている。そこだけ切り取れば、世間では『おしどり夫婦』と呼ばれてもおかしくないのかもしれない。
「まぁ、晴は美月ちゃんには特別甘いからなぁ。普段は寡黙な男が自分にだけ優しいってギャップは女にとってはたまらないのかもね」
さぁな、と素っ気なく返す。
「あそうだ。もう一個気になってたんだけどさ……」
「おいちょっと待て」
さり気なく次の質問に移ろうとする慎を慌てて止めれば、なんだよ、と不服気な顔をされる。
が、それは晴も同じだ。
「お前、なんで今日はやけに俺と美月の関係に食いついて来るんだ」
「ちっ。感付くのが早い奴め」
なんか舌打ちされた。
それから慎は諦観したように息を吐くと、なぜ今日は異様に美月との生活風景を知りたがっていたのか白状した。
「いやー、ほら。前に俺と詩織ちゃんが同棲するかもって話してたじゃん」
「あぁ。そういえばこの間家を探してるお前に遭ったな」
いい物件見つかったか? と問えば、慎はひらひらと手を振った。
「まだ本当に同棲するか分からないんだって」
「でも部屋探してたろ」
「そりゃそうだけど……でもさぁ、意外といい部屋って見つからないもんでさ」
はぁ、とため息を落とす慎は、視線だけ晴にくれると、
「……晴の部屋の隣って、空いてる?」
「絶対来んなッ」
ゾッと怖気がして全力で拒否すれば、慎は「なんでだよぉ」と口を尖らせた。
「お前が住んでるマンション、部屋の数とか間取りとか完璧じゃん。家賃も防犯しっかりしてる割にお手頃だし」
「だとしても来るな」
「いいじゃん。友達同士仲良くやろうよ」
「そしたら毎日騒がしくなるだろ」
「やだ晴ったら。そんなに毎日俺と遊びたいの」
「馬鹿か。誰がお前と毎日遊びたいんだ。俺が危惧してるのはお前が無遠慮に部屋に上がってくることだ」
仮に慎が晴の部屋の隣に住んだ場合、毎日のように部屋に来られる気がするし、美月は詩織に連れ込まれる危惧があった。
この陽キャカップルだけは近づけてはいけないと、本能が叫んでいた。
「隣に越して来たらシバく。毎日嫌がらせして退去させてやる」
「どんだけ嫌なんだよ⁉」
「死ぬほど嫌だ」
友達だからといって容赦はない。
身なりなんて構ってる暇もなく全力で拒絶すれば、慎は「分かったよ」と肩を落としながら諦めてくれた。
「晴の隣の部屋は最終手段として取っておくよ」
「ホームレスになるか実家に追い出される時以外選択肢に入れておくな」
できれば最終手段にもしないで欲しい。
ただそれを言えば話が長引く気がしたので、晴は乾いた喉をカフェオレで潤してから逸れた話題に戻った。
「それで、お前はなんで俺と美月の関係が気になる訳?」
概ね話は視えたが、本題に戻ったと伝える為にももう一度質問した。
すると慎は「あぁ」と一拍置いて、
「さっきも言った通り、同棲する時に備えて仲良く暮らしていく為だよ」
だから既に睦まじい夫婦である晴の話を聞きたかったらしい。
「昔はお前のほうがこの手の話題に優位だったのにな」
「まぁね。でも、流石に交際の過程をすっぽかして結婚した人には勝てないっすわ~」
慎の意趣返しに晴はうぐ、とたじろぐ。
ふふん、と勝ち誇った笑みを引っ込めた後、慎は「でも」と継いで、
「今は煽るの止めるので、どうか先達の知恵を俺に授けてください⁉」
と、慎は珍しく晴に頭を下げるのだった。
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