第279話 『 やっぱり同じ大学に行きたいから 』


「お帰りなさいませ、可憐様」


 可憐の家に着いて早々出迎えたのは、おっとり目の少女に敬意を払う女性だった。


「メイドさんや。メイドさんがおる」

「違うよ冬真。この人はメイドじゃなくて、家政婦の黛さん」


 驚く冬真に答えたのは、苦笑する千鶴だった。


 そして、千鶴からの紹介から一拍遅れて、黛は柔和な笑みを浮かべながら自己紹介した。


「そちらの男の子たちは、初めましてですよね。ご紹介が遅れて申し訳ありません。私、この家の家政婦を務めています、黛蛍と申します」

「はぁ、綺麗な方ですね……あだだ⁉」


 年上の色香に惑わされている冬真を、千鶴がむぅ、と頬を膨らませながら耳を抓った。


 学生同士のじゃれ合いを微笑ましそうに見つめている黛は、ゆっくりと視線を移動させると、


「……そして、貴方が可憐様の恋人、ですか」

「は、はい! かか可憐様と清いお付き合いをさせていただいてます! 影岸俊也と言います!」

「なんで修也まで私を様呼びするんだ」


 顔を真っ青にしながら挨拶する俊也に、黛はふふ、とたおやかに笑いながら、


「そんなに緊張しないでください。私は所詮、ただの家政婦ですので」

「専属のねー」

「知らなかった。朝霞さんて、実はお嬢様だったんだね」

「それほどでもないよー」


 と可憐は返すものの、専属の家政婦が付いている家庭なんてそうそういない。

 唖然としている冬真に、千鶴は「まぁ」と前置きすると、


「実体はお嬢様でも、中身はぐーたら女だけどねー」

「ぐーたらするの好きだからね。デートよりも部屋で漫画読んでるほうがマシ」

「それカレシの前でいったらダメじゃない?」


 恋人がすぐ傍にいるというのに、可憐は相変わらずな模様。それも可憐の魅力の一つだが、なんとも修也が不憫だった。


「ほれほれ。玄関でいつまでも雑談してないで、早く勉強しようよ」


 それに関しては可憐の言う通りである。


「まゆまゆ。お菓子と飲み物用意して~」

「畏まりました。あ、せっかく大勢いらしてくれたことですし、ケーキでも……」

「勉強しに来たんだよ。そんなの出したら勉強にならない」

「すいません」


 淡々と否定すれば、わずかにテンションが上がっていた黛が露骨に肩を落とした。


 あこの人実は気さくな人なんだ、とわずかに親近感がわく冬真と修也は、そのまま美月たちの背を追う形でリビングへと向かった。


▼△▼△▼▼



 可憐の意外な事実を知りつつも、勉強会は捗って――


「あ、そこ間違ってるよ冬真くん。ここはこの方式を入れちゃダメ」

「んわあああああん! また間違えたぁぁぁぁ!」


 片方で悲鳴が上がれば、


「千鶴。そこスペル間違ってる。あとここも」

「英語なんて大っ嫌いだぁぁぁぁぁぁぁ!」


 こちらでも悲鳴が上がっていた。


 可憐の家で行われている『赤点回避しよう! 回』は、予想通り惨状と化していた。


「ううっ。勉強なんて将来に必要ないのになんでやらなきゃいけないの!」

「将来に必要ないかもしれないけど、今は必要だから。ほれ、さっさと次の問題解く」

「ファ〇キュー!」

「はいはい流暢だねー。その調子で赤点回避できるように頑張ろうねー」

「どうせ労うならもっと感情込めて!」

「うるせえ、とっとと解け」

「可憐がキレた⁉」


 また涙目になりながら机に向かう千鶴。

 そして、冬真はというと、


「また間違ってる。冬真くん。本当に数学の授業受けてた?」

「受けてました。でも、記憶がない」

「授業中に千鶴と遊んでるからそうなるの。キミは恋愛より先に、もう少し頭を鍛えた方がいい気がするね」

「美月さん。淡々と追い詰めないで。僕、正直泣きそうです」

「弱虫」

「本当に泣くからね⁉」


 こちらも千鶴と同じく、涙目に……というより泣きながら机に向かっていた。


「あはは。阿鼻叫喚だね」

「ぐすっ……というか、ずっと疑問に思ってるんだけど、どうして修也くんが家庭教師サイドなのさ。キミも僕と同じ成績じゃなかった?」


 カリカリとシャーペンを動かしながら問えば、修也は「ううん」と首を横に振った。


「僕、最近は勉強頑張ってるんだ。やっぱり可憐さんに相応しい男になるには、少しでも勉強ができた方がいいと思って」

「なにそのイケメンな理由」

「あはは。べつにイケメンではないと思うけどね。でも、やっぱり同じ大学に行きたいから」


 少し照れながら吐露した修也に、冬真は「やっぱりカッコいい⁉」と感銘を受ける。


 そんな修也の想いを聞いていた美月と千鶴はというと、


「よかったね、可憐。こんなに一途なカレシができて」

「本当にねぇ。熱々過ぎて焼けちゃいますわ」


 美月は微笑ましそうに、千鶴はニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら揶揄っていた。


「一途で嬉しいけど、私と同じ大学に行きたいなら勉強頑張ろうなぁ、修也たそ」

「は、はい! 死ぬ気で猛勉強します⁉」

「その意気や」


 美月と千鶴の笑みにも動じず、淡泊に言う可憐に修也は姿勢を正す。

 そんな恋人たちに、三人は頬を引きつらせながら、


「「容赦ねぇー」」


 恋人にも正論パンチを口出す可憐に呆気取られるのだった。



 ――――――――

【あとがき】

ついにカクヨムでPV数が20万突破しました。いつも本作を楽しんで読んでいただいてる読者様。本当に応援ありがとうございます。なんか記念の話を書けたらいいなと思いつつも、年末死ぬほど忙しいんだよなぁ。さよなら、作者の休日。ほろり。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る