第278話 『 文化祭ちょっと前から付き合ってます 』


 そんな訳で美月たちは放課後、テスト勉強をすることになったのだが、


「……ところで、なんで修也くんまで付いて来てるの?」

「酷い⁉ 僕たち友達じゃないか冬真くん!」


 美月も思っていた疑問を口にした冬真に、彼のただ一人の同姓の友達、影岸修也は涙目になった。


「いや、友達なのはそうなんだけどさ、その、キミは僕と違って、美月さんや四季さんとはあまり関りがないから……」

「冬真くん。最近は主人公ばりの恋愛劇を見せてたからねぇ。流石ラブコメ主人公だよ」

「何言ってるんだいキミは。僕のどこをどう取ったらラブコメ主人公という嫉妬と羨望の存在に見えるのさ」

「学年一の美少女と関りがあり、さらにクラスの女子と文化祭を一緒に回り、そしてちゃっかり告白され、僕を裏切るようにイメチェンした結果、見事に女子からの人気急上昇中なところ」

「うぐぐ……概ね事実だけど! でも、女子からの人気急上昇中だけは誤解がある! 断じて人気ではない!」

「この前聞いちゃったけどねー。クラスの女子が「文化祭の時の冬真くん、カッコよかったよねー」って。いつの間にか料理スキルまで身につけちゃって。キミは今後二度と、陰キャ、根暗といったワードを使わないで欲しいなっ。全世界の陰キャに謝れ」


 僕だってまだ陰キャだよ! と謎の返しをする冬真に美月と千鶴は苦笑。

 そんな後ろで口喧嘩している男子二人を尻目に、美月は可憐の耳元で訊ねる。


「でも、なんで本当に影岸くん連れてきたの?」

「そうだよ。まぁ、冬真が女に囲まれるよりかはマシかもしれないけど……」


 眉根を寄せる二人に、可憐は「ん~」と生返事のあと、


「二人とも。どうやら私が金城をハーレムにさせない為に修也を呼んでると思ってるけど、それは見当違いだよ」


 可憐の気の抜けた声音の答えに、美月と千鶴はえ、と困惑する。

 そんな二人を気にも留めず、可憐はてくてくと歩く。


「可憐……今、影岸のこと下の名前で呼ばなかった?」

「呼んだね」


 あっさりと肯定する可憐。

 美月と千鶴はさらに困惑を深める。


「え、ええと、可憐て、そんなに影岸くんと仲良かったっけ?」

「席隣だからなぁ」


 果たしてそれだけで下の名前で呼ぶようになるだろうか。

 そんな疑問が頭の中で回っていると、可憐はしれっと衝撃の一言を放った。


「流石に自分の家に、カレシより先に他の男を招く訳にもいかんでしょ」

「そうだね」


 ん?


「「――えっ⁉」」


 聞き間違いだろうか。

 思わず立ち止まった美月と千鶴に、可憐も遅れて立ち止まって振り返ると、


「あれ、言ってなかったっけ?」


 小首を傾げる可憐に、二人は驚愕に声も出ないままこくこくと何度も頷く。


「じゃあ、遅れたけど報告しますかぁ」


 と言って、可憐は美月と千鶴の間を縫うように抜けると、まだ口喧嘩している修也の腕をガシッと掴んだ。


 そして、そのまま自分の腕を絡めて、


「私、朝霞可憐は、文化祭ちょっと前からこちらの男子、影岸修也くんと付き合っております」


 それは、今年一番の衝撃以外の何もなくて。


「「どええええええええええええええええええええええええええええええええ⁉」」


 美月と千鶴。そして冬真までもが、近所迷惑もお構いなしに絶叫したのだった。


 ▼△▼△▼▼



 突然の告白に、三人は呆気取られる。


「どどどどういうこと可憐! いつから! いつから⁉」

「さっき言ったじゃん。文化祭ちょっと前から」

「聞きたいのはそこじゃないよ! いつから付き合うまで仲良くなったのか、って話だよ!」


 美月と千鶴の怒涛の質問に、可憐は「すてーい、すてーい」と宥めながら冷静に応える。


「仲良くなったのは修学旅行の時からだよ。あの時に連絡先交換して、ちょくちょくメッセ送り合うようになって、席が隣になった時も結構話てたよぉ」


 そんなの全然知らなかった。

 唖然としていれば、可憐は「仕方ないさ」と二人の肩を叩きながら言った。


「千鶴は金城と青春している真っ最中だったし、みっちゃんはそんな前の席を見守るのに必死だったからね」

「「……うぐ」」


 二人とも、すっかり自分の事に夢中で周囲を見ていなかったことが筒抜けになってしまった。


 羞恥心で顔を赤く染めていると、男子の方でも詰問が繰り広げられていた。


 否、詰問というより、


「修也くぅぅん! キミという男は! 友達が苦労している間に自分は暢気にイチャイチャしていたのか! 酷い! 裏切り者! キミこそ全世界の陰キャに謝れ!」

「い、いや、冬真くんの場合は完全に自爆でしょ。キミは自分で告白を蹴ってるんだから」

「今正論パンチを繰り出すなぁ! 陰キャは責められると人の倍落ち込むのはキミだって知ってるでしょお!」

「じゃあなんで振ったのさ⁉」

「それは言えない! ごめん!」


 事実を言えずに奥歯を噛む冬真を苦笑しながら見ていた美月と千鶴は、再び視線を可憐に戻すと、


「でも、陰岸くんはともかく、可憐は私たちに言ってもよかったんじゃない?」

「いやー、ずっと言おうとは思ったんだけどねぇ。でも気づいてたら付き合ってたんだよぉ」


 はははっ、となんとも気の抜けた声音で返す可憐。彼女がいつも通り過ぎるから、美月と千鶴も脱力してしまう。


「まさか、可憐に恋人ができるとは」

「すまんね千鶴。チミより先にカレシを作ってしまって」

「くっ。人のまだ癒えてない傷口に塩を塗りやがって……っ」


 ぽんぽん、と肩を叩く可憐の手を、千鶴は舌打ちしながら振り払った。

 それから、千鶴は振り返ると、


「でも、影岸は平気なの? 可憐と付き合うって、たぶんかなり苦労すると思うけど」


 そんな問いに、冬真に胸倉を掴まれていた修也は、


「だ、大丈夫です。たしかに可憐さんといると大変だと思うことも少なくないですけど、でも、それと同じくらい、いいところも知ってるので」


 ぎこちなくも毅然と頷いた修也。そんな修也の言葉を、美月は微笑みを浮かべて、千鶴はニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら聞き届けた。


「よかったじゃん可憐。素敵なカレシができて」

「そうだねぇ。私には勿体ないカレシだね。おかげで、私は伸び伸び生きられるよー」


 どうやら素敵なカレシの為に自分も素敵になる努力をするつもりはないらしい。

 それが可憐らしくて、二人は思わず苦笑してしまう。

 それから、美月はくるりと振り返ると、


「影岸くん。可憐といると苦労すると思うけど、可憐をよろしくね」

「は、はいっ。不束者ではありますが、精一杯可憐さんのカレシを務められるよう、精進していきます!」

「みっちゃんは私のお母さんか」


 頭を下げた美月に、修也も遅れて頭を下げる。そんな光景を、可憐は苦笑しながら見守っていた。

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