第276話 『 冬真。バイト辞めるってよ 』
休日も明けて、二週間後には冬休みが始まる。
夏休みほどではないが、学生にとっては冬休みも貴重な長期休みだ。
しかし、そんな貴重な休みに辿り着くまでには、避けては通れない試練があった。
それは、
「うあああああああ⁉ 期末テストだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
そんな絶望的な断末魔を上げたのは、美月の親友である千鶴だった。
そして見れば、千鶴だけでなく他の生徒たちも机に顔を埋めて意気消沈していた。
「嫌だぁぁぁぁ! テスト嫌だぁぁぁぁぁ! 赤点取ったら補習だぁぁぁぁぁ!」
「嘆いても現実は変わらないよ千鶴。それに、冬休みは補習じゃなくて、赤点の生徒は課題が増えるだけだよ」
「どっちも地獄なのは一緒だよ⁉」
頭を抱えながら悲壮な表情を浮かべる千鶴に容赦なく現実を突きつければ、親友を見る目とは思えない形相で睨まれた。
「みっちゃんはいいよ! 勉強できるから! どうせ今回のテストも余裕なんでしょ!」
「まぁ、ちゃんと予習復習はしてるからね」
でも、と一拍置くと、
「今回は少し不安かも。文化祭の準備とかで色々忙しかったから、良い点数は取れなそうだな」
「それでも赤点になる危機がないよりマシだよ! 私はダメ、終わった」
ただでさえテストの成績が芳しくないのに、そこに追い打ちをかけるように修学旅行と文化祭という学生にとっての二大ビッグイベントが到来したのだ。勉強嫌いな千鶴がそちらへ流されるのも仕方がなく、こうして絶望するのも無理はない。
教室も、千鶴と同じ状態になっているクラスメイトたちがちらほらといる。余裕そうなのは美月のようにしっかり予習復習を行っている成績優秀者と、学年四位の可憐だけだった。
「可憐は言わずもがな、余裕そうだね」
「まぁねぇ。範囲が決まってるし、模擬より簡単でしょぉ。今回はビッグイベントのおかげでテスト範囲も狭まってるし余裕~」
悠々と日向ぼっこしながら親指を立てる可憐に、舌打ちしたのは千鶴だった。
「くっ。成績上位者共がっ。一回地獄に落ちろっ!」
「友達になんてこと言うんだ千鶴たそ。そんな酷いこと言ったら赤点回避させてあげないぞー」
千鶴の赤点回避を手伝っているのはいつも美月と可憐だ。特に、可憐は教えるのが上手だった。
そんな可憐からの脅迫を受けた千鶴は、すぐに手のひら返しして懇願する。
「すいませんでした可憐様! ですからどうかっ、この無知な私に赤点回避の知恵をお授けください⁉」
「ふぉっほっほ。ならばもっと私を崇めよぉ」
可憐様ァァ! と全力で平服する千鶴に美月は苦笑を浮かべる。
そんな茶番劇からふと視線を逸らすと、
「冬真くんは大丈夫そう? てす……」
たしか冬真も千鶴と学力が同じことを思い出して尋ねてみれば、思わず言葉が途切れてしまってギョッと目を見開いた。
振り返った視線の先には、頭を抱えながらカタカタと震えている冬真がいて。
そんな冬真は、美月の声に反応すると機械仕掛けの人形のようにぎこちない挙動で振り向くと、
「ど、どうしよう美月さん。僕、次のテストで赤点取ったら、バイト辞めろって母さんに言われちゃった」
「「…………」」
目尻に涙を流しながら吐露した冬真に、美月と千鶴は目を瞬かせる。
「みっちゃん。今冬真、バイト辞めなきゃって言った?」
「……うん。そう言ったね」
二人。顔を見合わせながら復唱する。
――すぅ。と息を吸う音がいやに鮮明に聞こえた。
たっぷり数秒間を置くと、ようやく言葉の意味を理解した美月と千鶴は、
「「えええええええええええええええええええッ⁉」」
この期末テストで誰よりも危機的な状況に陥っていた男子に向かって叫んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます