第275話 『 お二人とも、同棲するんですね 』

【まえがき】

 久しぶりの詩織ちゃん本編登場です。第6章は詩織ちゃんの出番ちゃんとあります。よかったね詩織ちゃん。

――――――――――――



 引き続き休日。

 美月と晴は夕飯の食材調達――もといショッピングデートに赴いていた。

 その最中、


「あれ、晴と美月ちゃんだ」

「どちら様ですか?」

「いやお前の友人だよ! なんで知らないフリするんだよ!」


 晴の軽口に辟易とした風なため息を吐くのは、自称友人――ではなく、正真正銘、晴の友人である浅川慎だった。


 そして彼の隣にもう一人、ライトブラウンの短髪の女性がくすくすと上品に笑っていた。


「久しぶりですね、ハル先生。それと美月ちゃん」

「わふっ。もう、詩織さん。いきなり抱きつかないでください」

「それは無理な相談だなー。こんなに可愛い美少女が目の前にいたら飛びつきたくなっちゃうよー。ぷはぁ。美少女のいい香りやぁ」

「ちょっと匂い嗅ぐのやめてもらえます⁉」


 上品な笑みを引っ込めたと思いきや、詩織は突然美月を抱きしめた。そして、すーはーと美月の懇願もお構いなしに匂いを吸っている。


「すんすん。いつもいい匂いだけど、今日はなんだかシャンプーの香りがしますなぁ」


 犬かこの人は、と晴は苦笑。


「それに髪の毛もシャンプーの匂いが強いような点々」

「そ、それはまぁ、今日は朝からシャワーを浴びたので」


 少し恥じらいながら答えた美月に、詩織はどうりで、と納得するように頷く。

 そして、ようやく美月から離れた詩織は、ニヤニヤと邪推な笑みを浮かべると、


「ははーん。さてはお二人、昨夜はかなり盛り上がったようですなぁ」

「「…………」」


 この人感鋭いな、と頬を引きつらせつつ、美月と晴は露骨に視線を逸らす。


「「黙秘権を行使します」」


 夫婦揃ってそんな事を言えば、詩織だけでなく慎までもが不快な笑みを深めた。


「いやぁ、仲睦まじいようで羨ましいですなー、詩織ちゃん」

「そうですなー、慎くん。微笑ましい夫婦でちょっと焼けちゃうでござるよ~」

「……なんで二人ともヲタク口調なんだよ」


 美月と晴に負けず仲睦まじいカップルに、晴は苦笑をこぼす。


 実際は昨夜だけでなく朝から盛り上がったからシャワーを浴びたのだが、それを言ったら余計に事態がややこしくなるのは明白なので、その事実は胸に留めておく。そしてふと隣を見れば、美月からも『余計なことは言わないように』と視線で釘差された。


「ところで、二人は今日はデートなのか?」


 雑談もほどほどにそんな質問を投げれば、慎と詩織はお互いの顔を見合わせると何故か頬を掻き始めた。


「まぁ、デートと言えばデートだし、そうじゃないと言えばそうかも」

「「? どういうこと?」」 


 ぎこちなく答えた二人に、晴と美月は揃って小首を傾げた。

 それから数秒後、慎が諦観したように言った。


「いやぁ、実は部屋を探しててね」

「ほぉ。なんだ、お前も遂に一人暮らしするのか」


 散々一人暮らしがしたい、と愚痴をこぼしていた慎だ。その願いがようやく叶ったのだが、お生憎と晴には関係ないことなので感慨深さというものが全くといっていいほど湧かなかった。


 兎にも角にも、どうやら今日はデートではなく部屋探ししているらしいのだが、そうなると気になるのは詩織の存在だ。


「詩織さんは付き添いか?」

「いや。詩織ちゃんも必須だよ」


 やや照れる素振りをみせた慎の返しに、晴はなるほど、と顎を引いた。隣でも、晴と同じ答えにたどり着いたように美月が「もしかして」と呟く。


「ほーん。つまりあれか、今日は二人で住む部屋を下見に来てるのか」


 と言えば、慎と詩織は分かりやすく頬を赤らめて、美月は無言のまま歓喜の悲鳴を上げていた。


「お二人とも、同棲するんですね」

「や、まだ実際にするかは決まってないんだけどね。でも、下見するくらいならいいかなー、と思って」

「そうそう!」


 べつに誤魔化さなくてもいいのに。


「なんだ。お二人さんもこちらに負けず劣らず仲睦まじいじゃないですか~」

「「~~~~っ‼」」


 先程の意趣返しと言わんばかりに指摘すれば、途端、顔を真っ赤にする慎と詩織。


 そんな二人を美月は微笑ましそうに見つめているので、それがさらに追い打ちとなった。


「ま、新居が決まったら教えてくれ」

「まさか、あの晴が新居祝いを⁉」

「お前の部屋を荒らしに行くから」

「いや悪魔かっ⁉ しかも、なんで俺の部屋限定なんだよ!」

「詩織さんの部屋を荒らす訳ないだろ。普通に考えて分れ」

「分かるかっ。そもそも、なんで荒らされなきゃいけないんだよ!」

「日頃のお礼仕返しだ」

「お前今、お礼って言葉に変なルビ振っただろ! 仕返しってルビ振ったろ」

「ほぉ、自覚があるようで何よりだ」

「確信犯じゃん!」


 それは慎が十中八九揶揄ってくる慎が悪い上に、報復されるのも無理はない。

 済ました顔をしていれば、慎は「相変わらず可愛くないやつっ」と奥歯を噛む。


「男に可愛さ求めんな」

「とか言いつつ、美月ちゃんの前では甘えてるくせに」

「そりゃそうだろ。俺の妻なんだから」

「お前、ホントそういうの恥ずかし気もなく答えるのな」

「ハル先生って素直ですよね~」


 呆れたような、感心したような吐息をこぼす慎。

 そんな慎に、晴は真顔のまま答える。


「まぁ、俺が気を許せる相手は美月くらいだからな」

「晴、顔を合わせる度に美月への愛が増していってない?」


 自覚はあった。


「前の晴なら絶対に適当に返してたじゃん」

「これでも十分適当に返してるぞ」

「真面目に返せっ!」


 慎の話に真面目に付き合っていると疲れるので、晴は極力慎の揶揄う気を削ぐべく事実を語るようにしていている。


 自分が人にありのままを吐露するようになったのはコイツのせいか、とようやく長年の疑問に答えが出てスッキリしていると、


「あの、あまり私の前で愛がどうとか話すの止めてもらっていいですか。その、そろそろ私も耐えられなくなってしまうので」


 顔を真っ赤にさせて、蚊の鳴くような声で懇願する美月。そんな照れる少女に、大人三人はというと、


「「……可愛いかよ」」


 と美月の破壊力万点の可愛さに悶絶したのだった。

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